一ツ目彼女は一目惚れ
コショウ
第1話
誰もいない席から椅子を引っ張ってくると、彼女は背もたれをだくようにして座った。
「で、お前はまだ返事をしていないわけだ」
またその話か、と思う。女子だから、なんてステレオタイプな見方をする訳じゃあないけれど、他にももっと話すことなんてあるだろう。
「お前、またその話か、って顔してるぞ」
「心を読まないでよ緑ちゃん」
「その顔を見るの何回目だと思ってんだよ。私はお前がこの学校で友達が出来たとか、どの部活に入るのかなんてどうでもいいんだから」
そう言いながら、彼女はうねうねと首を伸ばす。彼女の気持ちが昂ぶって首が伸びていくのを見るのも、僕にとっては見慣れた光景だった。
彼女はろくろ首だ。有名な妖怪であるから名前くらいは誰しも聞いたことがあるのではないだろうか。
そんな彼女が首を思うさま伸ばしても、ここのクラスメートはなにも言わない。それがこの学校での日常だからだ。
市立陽海高校。読み方ははるうみだが、通称はヨーカイである。
ここに通う生徒のおよそ6割が妖怪や、そういった血を継いでいる。地球の全人口の4割が妖怪であると考えると、この学校には妖怪にまつわる人達が集まっているといえる。こんな名前だから、とも思うけれど、1度統廃合を経てこの名前になっているそうだから、地域に妖怪人の割合が多いのかもしれない。
さっきから僕のことを笑ってにらみつけてくる緑ちゃんも妖怪人だ。
本名は二階堂緑≪みどり≫、渾名は緑≪りょく≫ちゃん。髪は短く、目つきがやや悪い。男勝りな性格で、口調もがさつだ。
口調くらい直したら良いんじゃないかと思うけれど、前にそう言ったら
「いいんだよ。私は、これで」
と、少し寂しげに言われてしまった。けれどその時伸びた首で全身を締め上げられたので、すこし気にしているのかもしれない。
僕と緑ちゃん、そしてもう1人は幼なじみで、小中、そして高校もおなじである。今のところクラスも同じ、今年で10年目になる。すこし気持ち悪いくらいだ。
緑ちゃんが大きくため息をついた。
「お前、瞳がヨーカイ入るの頑張ってたの知ってるだろ? 私たちが頑張って入れたくらいなんだから瞳はその10倍は頑張ったはずだよ」
「知ってるよ。一緒に勉強してただろ、僕たち」
「そうだな。で、合格発表もあり、卒業式もあり、春休みもあって入学式も終わったところだ。チャンスなんていくらでもあっただろ」
「それはそうだけどさ」
僕が顔を逸らすと緑ちゃんの顔が後ろから回り込んでくる。
「瞳が頑張ってたのは何でだったろうなぁ。私たちが行くから、なんて理由よりもっと大きい理由があったと思うんだけどなあ」
顔の周りをぐるぐるとしながら、緑ちゃんが言う。
「考えてないわけじゃないからね、僕だって」
「そりゃあそうさ。当事者だからな。でもだからって引っぱりすぎじゃないか? 瞳がお前に告白したの、3年にあがるまえだろ」
「そうだけど――」
ここにいないもう1人に、僕は1年前に告白をされている。僕はその返事をずっと引き延ばしたまま答えてない。緑ちゃんは合格発表から言ってたけど、修学旅行の夜とか、答えるチャンス自体はいくらでもあった。
嫌いなわけじゃない。好きな方だ。けれど、踏ん切りがつかないというか勇気が出ないというか、言おうとするとなにか喉が詰まってしまったようになって、うまく喋れなくなってしまう。
「まるきり1年たって、2年目になっても待っててくれるなんて普通はないぞ? 瞳ぐらいだぞ?」
「わかってるよ」
「いいか、中学までは私たちのものだったかもしれないけどな、高校に入ったらわからないんだぞ。バイトが始まるかもしれないし、身体目当ての大人に捕まって、とかだってあるかもしれないんだ」
「それは・・・・・・そうかもしれないけどさぁ」
緑ちゃんの顔が正面から言う。僕の肩の上には、2周ほどした首置かれていて、僕たちを囲む空気がおかしくなっていた。
「緑ちゃん、周り見て」
「うん?」
緑ちゃんが首を持ち上げ周りをみる。僕の言ったことがわかったようで、するすると首を戻していった。
「私たちでそうなってどうすんだ」
緑ちゃんが少しだけ恥ずかしそうに顔を背ける。そんな顔するんだ、なんて思ったけれど、言ったら最後首で絞められそうなので黙っておいた。
「しかし、瞳遅いだろ」
「チャイムそろそろなるよね」
教室の前の方にかかっている時計をみる。ホームルームまであと10分という所だった。
一ツ目彼女は一目惚れ コショウ @pepper1102
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