第10話

「大変な仕事を嫌な顔一つもせず、笑顔でこなしてくれるアルバイトのちえちゃんと、ちえちゃんがお気に入りのきりんのきいちゃんです」

 山田さんが、マスク姿のちえちゃんさんときいちゃんにカメラを向けると、ちえちゃんさんは手を振り、きいちゃんは、ちえちゃんさんの頬に顔を近づけました。

「私、山田さんみたいに、動物の言葉、ぜんっぜんわかんないんですけど。ここの動物さんたちは、私に頭を下げてくれたり近寄ってスリスリしてくれたりして、本当に優しいんです」

 ちえちゃんさんは、ニコニコしながら話していましたが、急に、下を向きました。

「でも、私、動物の言葉がわからないから、今月で、この牧場、辞めるんです・・・」

 ちえちゃんさんを抱き寄せるように、きいちゃんはちえちゃんさんの肩に顔を置きました。

「ちえちゃんはさ、この牧場で働きたいの?」

 カメラを持ちながら、山田さんはちえちゃんさんに質問しました。

「働きたいです。この牧場、大好きだから」

「んじゃさ、このカメラに向かって、牧場で働きたいって言ってみようよ」

 両手を軽く握り、カメラをじっと見つめていたちえちゃんさん。

 ゆっくりと息を吸いました。

「私は、この牧場が、大好きです!もっともっと、ここで働きたいです!動物の言葉がわからなくても、動物は大好きだし・・・、オオカミにいじめられても、ほかの動物たちは優しいから、・・・辞めたくないです!」

 私たちは、ただただ、ちえちゃんさんを見てました。

「・・・なにっ!オオカミにいじめられてるだと?」

 モー太郎さんが叫びました。もちろん、ちえちゃんさんには聞こえていません。

「ちえちゃん、オオカミに、いじめられたの?」

 山田さんが、ちえちゃんさんに聞きました。

 ちえちゃんさんの目から、一筋の光がこぼれました。

「私、偶然、見ちゃったんです。事務所にいたオオカミのお千代さんが、何かをゴミ箱に捨ててるの。お千代さんがいなくなった後に事務所に入って、タイムカードを押そうとしたら・・・私の・・・カードが・・・ゴミ箱に・・・」

「ひでえなあ。動物の風下にもおけねえ」

 泣きじゃくるちえちゃんさんを見ながら、モー太郎さんが言いました。前足で地面をぐりぐりとこするように動かしました。

 メリーさんからハンカチを渡されると、ちえちゃんさんは、何度も頭を下げながら、涙をぬぐいました。

 きいちゃんは、しゃがみこみ、不安そうな顔でちえちゃんさんを見ていました。

 山田さんは、そんなちえちゃんさんの様子をカメラで撮影しているようでした。

「それから、買い出しから戻ってきたときに、事務所へ入ろうとしたら、お千代さんと社長が話している声が聞こえたんです。もちろん、お千代さんはガーガーって言ってるだけで、言葉はわからないですけど。社長が、私が仕事をさぼって動物たちと遊んでるのは本当かってお千代さんに聞いていたんです。そうか、わかった、じゃ、辞めてもらうしかないなって社長が言ってたから、お千代さんは、私が遊んでるって社長に言ったんだと思います」

 ちえちゃんさんは、ハンカチで何度も目を抑えながら、話を続けました。

 山田さんは、片手でカメラを持ち、もう片方の手はおでこを触ってました。

「おれはさ、これ以上、お客がいない状態が続くと、ちえちゃんのバイト代が出せなくなるから、バイト代が払える今のうちに辞めてもらうって社長から聞いたんだ」

 ちえちゃんさんがハンカチで涙をぬぐってから、顔を上げました。

「嘘でも、そう言ってくれた方が良かったです。・・・私には、動物の言葉が理解できないのは、動物たちとコミュニケーションが取れないし、仕事にならない。だから、辞めてもらうって・・・」

 私は、目を赤くしているメリーさんに気が付きました。

「メリーさん、大丈夫ですか?」

 私はメリーさんに聞きました。

「人間って、ひどいね。恥ずかしいよ」

 メリーさんは私の体をさすりながら答えました。





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