第9話

「ローバさんっ!近い!近すぎるって!もっと下がらないと、顔が映らないって。今、ローバさんの鼻しか映ってないんだって。花子さん!ちゃんとソロで映してあげるから、カメラに映りこもうとしないで!」

 山田さんは左手にカメラ、右手で花子さんを追い払いながら、ローバさんを撮影しています。

「メリーさん、それ、何ですか?」

 私は、小さな箱のようなものを持っているメリーさんに聞きました。

「これは、スマートフォンという電話なんだけど、山田さんが持ってるカメラにもなるんだよ」

「めめめっ!電話とカメラが、その小さな箱の中に入っているんですか?」

「そっかあ。シープちゃんには箱に見えるんだね。これは、お菓子が入っているような箱じゃないんだよ。いろんな機械が入っている不思議な箱なの」

「キカイ?」

「うーん、機械という言葉、シープちゃんには難しいかあ」

「機械は英語でマリーンという」

 モー太郎さんが会話に入ってきました。

「って、あの人が言ってた。機械は英語でマリーンって言う。だから、私は英語ができるのって」

 私が笑うと、メリーさんが不思議そうな顔をしました。メリーさんは、私とお千代さん以外の動物の言葉がわからないのです。

「モー太郎さんが、お千代さんが英語ができるって話をしてくれました。キカイは英語でマリーンって言うんだって」

「ああ、その話ね。実はね」

 メリーさんは辺りを見回すと、私とモー太郎さんとの間に隠れました。

「私、間違ってることを教えてあげたかったんだけど、お千代さんプライドが高いし、私が間違えた言葉を教えたって、自分の間違いを私のせいにするから言わないほうがいいかなって思って、ハイハイって聞き流していたの。最近になって、山田さんも社長も同じことしてるってことが、わかったの」

 モー太郎さんが笑いました。

「英語が役に立たないとは言わないけどさ。ちょっとかじったくらいで、威張ってほしくないよね」

「え・・・かじる?」

「なるほど。羊はオオカミに食べられることも、かじられることも、本能的にダメなんだね」

 モー太郎さんは笑いながら、花子さんを撮影している山田さんのところへ行きました。

「メリーさん。あの、シープちゃんにお願いしてほしいんですけど」

 ちえちゃんさんが、メリーさんのところにやってきました。

「山田さんの動画に、私、きいちゃんと一緒に映りたいんです。きいちゃんに頼んでもらっていいですか?」

 メリーさんが私を見ました。私は「めめー」と鳴きました。

「シープちゃん、きいちゃんに頼んでみるって言ってます」

「ありがとうございます!私、今月で辞めちゃうから、最後に思い出を残しておきたくて」

「ちえちゃん。そんな悲しいこと言わないで」

 そう言ってメリーさんが私の頭をなでました。私はもう一度鳴くと、きいちゃんを呼びに行きました。


「チーターのチッタさんは、とても穏やかな性格のメスです。冷静沈着でしっかり者。年長者のローバさんを立てるし、一番年下のきいちゃんの面倒もよく見てくれる。みんなのまとめ役です」

 山田さんは、そう言いながら、カメラでチッタさんを撮影しています。チッタさんは慣れないカメラが顔や胴体をぐるぐる回るので、恥ずかしいのと怖いので、落ち着きがありません。

「チッタさん。この牧場の好きなところは何ですか?」

 山田さんの質問に、チッタさんは顔を斜め上に向けてしばらく考えてました。

「うーん。みんな仲がいいこと、かな?動物園では、檻の隣の動物と話すこともなかったけど、ここは檻もないし、いろんな動物と話をしたり、仕事をしたりできる。たまにはケンカすることもあるけど、それも楽しい。動物園にいたときは、できなかったことが、ここではできるから」

 ニコニコと話すチッタさんを、山田さんはニコニコしながら撮影していました。

 撮影場所から少し離れたところで、モー太郎さんがぐるぐると回ってました。

「あー、緊張するなあ。どうやって答えたらいいんだろう。山田のヤツ、何聞いてくるんだろ?あー、ちゃんと答えられるかあな?」

 モー太郎さんの不安そうな表情。

 初めて見ました。


 きいちゃんに、ちえちゃんさんの希望を伝えると

「本当ですか?」

きいちゃんは目をキラキラしながら喜んでました。

 きいちゃんと一緒にちえちゃんさんのところに戻ると、ちえちゃんさんは、きいちゃんをぎゅうっと抱きしめて喜んでました。

 その様子を見たモー太郎さんが

「おいおい!なんで、声かけてくれなかったんだよ!ひどいぞ!」

遠くから、大きな声で叫びました。

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