第8話
「どんも~。シンパパの山田で~す。みんな、ちゃんと、手、洗ってる?」
午後。
オオカミのお千代さんと、牧場主さんがいなくなった牧場で、山田さんの動画撮影が始まりました。
山田さんは、メリーさんやちえちゃんさんにではなく、午前中に撮影で使っていたカメラに向かって話しかけていました。
「山田さん、大丈夫かな?」
ロバのローバさんが、山田さんに近づいていきした。
「面白そうだから、山田のとこ、行ってみようぜ!」
牛のモー太郎さんが私やきりんのきいちゃんを誘いました。
「シープちゃん、行ってみましょう!あの小さなカメラの向こうに、山田さんのお友達がいるかもしれません!」
いつもは消極的なきいちゃんが、私よりも先に山田さんのところへ走っていきました。
「アタシ、全身映るかなあ?」
ゾウの花子さんが、きいちゃんの後を追いました。
「今日の、ふっつーの山田は・・・ちょ、ちょっと、みんなっ!密になってるよ!」
山田さんの周りをぐるりと、仲間が囲いました。
花子さんの鼻が山田さんの頭を上から押さえつけました。
「ふっつーじゃ、ありませ~ん!」
そう叫びながら、山田さんはみんなに押し倒されました。
「・・・カメラ、持って撮影しなくてよかったよ。三脚使って正解だった」
山田さんは肩で息をしながら、カメラを手に取り、何かをじっと見てました。
「お!でも、結果オーライかも。メリーさん、ちえちゃん、ちょっと来て。結構いい感じに撮れてると思うんだけど」
カメラを覗き込んだメリーさんとちえちゃんさんが
「みんな映ってる!」
「私も出たかった!」
嬉しそうに笑いました。
「オープニング、これでいこ」
そうつぶやいた山田さんが、私たちの方を見て
「みんなありがとね!次のシーン撮るから、記念写真のときのように並んで!」
と、言いました。
「山田、聞きたいんだけど」
モー太郎さんが山田さんに話しかけました。
「シンパパって何だ?」
「一人で子育てしてるお母さんのことをシングルマザーっていうの、モー太郎さん、聞いたことありますか?最近では、シングルマザーのこと、シンママっていうんすよ。シングルママを短くした言い方です。なんで、おれみたいに、一人で子育てしてるお父さんは、シングルパパを短くして、シンパパ」
「どんどん、知らない言葉が出てくるな。自分が年取ったなって感じるよ」
「モー太郎さん、そんなことないっすよ。おれだって、息子から新しい言葉を教えてもらってますよ」
山田さんとモー太郎さんとのやりとりをぼんやり見ていたら、チーターのチッタさんが
「そっかあ。山田さんって、一人で子供を育ててるんだよね」
と、言いました。
「チッタさんにもお子さんがいるんですよね」
と、私が言うと
「そう。でも、子供を産んだ後、すぐに飼育員さんに預けちゃったから。育てたことないんだよね」
チッタさんは、少し寂しそうに言いました。
「みんな、これから撮影始めるからね。少しくらいなら動いていいけど、動き回わらないでね。ちゃんと、みんなが映るように何回か撮影するから」
山田さんの話が終わると、私たちは片方の前足を上げて返事しました。
「みんな、本当に頭がいいんですね。山田さんの言葉、ちゃんと理解してる!」
ちえちゃんさんが、目を輝かせながらメリーさんに言いました。
「んじゃ、撮影始めます。メリーさん、撮影ボタン押してくれる?」
メリーさんがカメラから離れるとすぐに、山田さんがカメラに向かって話しだしました。
「今日の動画は屋外で撮ってます。だから、ちゃんと、マスクしてます。このマスク、息子が作ってくれました」
山田さんがマスクを指さすと、後ろにいたモー太郎さんが
「すげー」
と言いました。牧場に牛の鳴き声が響きました。
「あ、ありがと・・・って、これは、後ろにいる牛のモー太郎さんがマスクをほめてくれたので、お礼を言ったんで・・・」
山田さんの言葉の後に、ローバさんや花子さんが
「いい息子さんだね!」
「アタシもほしい!」
と言いました。
「ローバさんありがと。このマスク、花子さんには絆創膏でしょ?」
山田さんがそう言うと、私たちは一斉に笑いました。
「マスクしてっから、自分の声が聞きづらいと思いますので、字幕いれます。それと、今のやりとりを含めて、後ろの動物さんたちの言葉も字幕を入れておきますね~」
「見たーいっ!」
山田さんの話の途中で、ちえちゃんさんが叫びました。
「今のは、人間です。一応、字幕入れときますけど」
山田さんがそう言うと
「ごめんなさい!今のカットしてください!」
ちえちゃんさんが、顔を真っ赤にして山田さんに謝ってました。
「動画を見てくださった方から、仕事って何してるんですかっていう質問がよく届くんですけど」
山田さんはカメラに向かって話しています。
私たちは、山田さんの後ろでカメラをじいっと見ています。
「この仕事ってなかなか言葉じゃ伝わらないかなって思ってました。社長の許可が取れたので、今日は、職場の宣伝もかねて、仕事のことについて話をしようかなって思います」
山田さんは大きく息を吐きました。
「メリーさん、撮影止めてください。今度は、おれがみんなのことを撮るから。あ、メリーさんもちえちゃんも撮るからね!」
「え?私も?私はいいですよ!」
「え、やだ!恥ずかしい!ちゃんとメイクしてない」
「大丈夫大丈夫!ローバさんはずっと、ノーメークだから。2人とも、そのままでいいって!」
メリーさんとちえちゃんさんの笑い声が牧場に響きました。
お客さんがいなくても、牧場には笑顔と笑い声がありました。
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