第7話
テイクツー。
「ちえちゃん!光をね、お千代さんの足元に置くようにしてみて!・・・そう!そうそう!社長、どうすか?お千代さんの顔、キレーに映ってますよね?モニターでも確認してみてください」
モニターをじっと見た牧場主さんは
「いいんじゃない。大丈夫だよ」
と、答えました。
「ちえちゃん、お千代さんがさっきと同じようにゆっくり歩いてくれるから、落ち着いてお千代さんの足元に光を置いていってね。よろしく~」
山田さんがカメラを手にしました。
「じゃ、始めまーす。テイクツー!」
私たちが一斉に鳴きだすと、お千代さんはびっくりした表情で周囲を見回しました。
「スタートッ!」
お千代さんは一歩も動くことができず、顔を下にむけたまま、しばらく考え事をしているようでした。
「腰が抜けて動けなくなったかな?」
モー太郎さんがつぶやきました。
「いいですね、お千代さん!牧場の将来を憂う表情、最高ですね!」
「山田、天才だな。オオカミを手なずけさせたら、右に出る者はいないだろうな」
モー太郎さんは、山田さんの方をじっと見ながら言いました。
「そろそろ動いてみましょうか?牧場の未来へ新しい一歩を踏み出すんです!」
「山田、この牧場で終わる人間じゃないな」
お千代さんが歩きだしたのを見届けると、モー太郎さんはしっぽを高く上げて仲間たちに合図をしました。
「そうです、そうです。ゆっくりでいいです。その凛々しい表情が、これからの牧場の未来を見据えている感じでいいっす!ちえちゃん、光の置き方、大丈夫だよ。その調子でよろしく~」
顔を上げて堂々と歩くお千代さん。レフ板を動かしながらお千代さんの動きを追うちえちゃんさん。モニターに釘付けの牧場主さん。カメラを持っている山田さん。扇風機を持ってお千代さんの動きを見つめるメリーさん。
お千代さんから離れたところで、ロバのローバさんが腰を振りながら歩いても、誰も怒りません。
お千代さんがチーターのチッタさんの前を通り過ぎたとき、チッタさんがお千代さんの後ろで口を大きく開けました。気づいた人がいたのかもしれませんが、チッタさんがあくびをしたように思ったのかもしれません。
ゾウの花子さんが座っている場所に到着した時、メリーさんが扇風機の風力を強くしました。
お千代さんが「うっ」と小さい声でうなり、きつい表情でメリーさんを睨みました。
「お千代さん、いい表情ですね!」
山田さんの言葉に、お千代さんが驚きました。
「どんな困難にも屈せず、自分の信じた道を信じて歩み続ける。お千代さん、人間よりも演技がうまいですよ!」
お千代さんは、メリーさんを睨まず、カメラをじっと見つめました。
「そのお千代さんの表情、最高ですね!どんなことがあっても、この牧場は自分が守っていくという強い意志が感じられるいい表情です!名女優ですね」
牧場主さんは、モニターを見ず、口を開けて山田さんを見つめています。
私はそのすきに、お千代さんから離れた場所で横になり、ゴロゴロと転がりました。
花子さんから離れると、メリーさんは扇風機の風力を弱めました。
お千代さんがモー太郎さんの前に立った時、山田さんがお千代さんに言いました。
「お千代さん!そこで、止まって、顔をもっと上げてください!ちえちゃん、おちよさんの目に当てないようにして、お千代さんの顔を明るくしてください」
「は、はい!」
ちえちゃんさんは、太陽とお千代さんを何度も見ながらレフ板を動かしました。
「オッケーオッケー!お千代さんからオーラが出てる感じになってるよー」
「え、ホントですか?」
「ちえちゃん、ホント、うまいよね。お千代さんの感情移入した演技もすごいですよ!」
お千代さんは得意げに、顔をゆっくりと左右に動かしました。
モー太郎さんは、お千代さんの顔の動きに合わせ、しっぽを動かしていました。
そのしっぽを追いかけるかのように、キリンのきいちゃんが首を曲げたり伸ばしたりしていました。
「オッケー!撮影終了でーす!」
牧場主さんが手を叩きました。
メリーさんも手を叩きました。
「お疲れ様です!」
ちえちゃんさんも、レフ板をゆっくりと置いてから手を叩きました。
「皆さん、お疲れ様。とても素晴らしい撮影だったわ」
お千代さんは、気取った声でそう言うと、軽やかな足取りで事務所に戻りました。
「みんな、お疲れ様!山田、ありがとな!」
私たちに手を上げると、牧場主さんはお千代さんを追いかけるように事務所へ戻っていきました。
「みんな、お疲れ様~。お昼ごはん食べてから、おれの動画の撮影しよう。メリーさんも、ちえちゃんも、よかったら、手伝ってね」
楽しそうに話す3人の後ろで、モー太郎さんが
「午後は、天才山田監督のために働くぞ!」
と、叫びました。
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