第5話
撮影の日。
「私がここを通るとき、花子さんは移動して。そのとき、ローバさんと社会的距離を取ってください!あと、シープちゃんは、そこでじっとして!」
お客さんが入らない牧場。お千代さんの声だけが響き渡りました。
「山田さんは、この位置から私の動きを追ってください。できる限り、他の動物たちを画面に入れないようにしてください」
お千代さんの言葉に誰もが小さくため息をつきました。
「わかりました。んじゃ、テイクワン、いきます。テイクワーン。スタートッ!」
テイクワンという言葉を聞いた時、私たちは、山田さんとの約束を思い出しました。テイクワンはお仕事。テイクワンはお千代さんの言うことを聞くとき。
「・・・あれ?どうしました?お千代さん、動いてくれないと撮影できませんよ」
カメラから顔を出し、山田さんがお千代さんに声をかけました。
「や、山田さん・・・」
お千代さんの声が震えてました。
「お千代さん、具合悪いんすか?」
「私の横顔、ちゃんとアップで撮ってくれた?」
「は?」
「だから・・・私の横顔、アップで撮ってもらってからじゃないと、動けないの」
お千代さんからかなり離れていたモー太郎さんは、私に言いました。
「自分こそ、いつも通りにすりゃあいいのに。ガッチガチに固まってんじゃん」
「モー太郎さん、聞こえますよ」
「大丈夫だよ。緊張してるから、こっちの声も耳に入らないって」
私たちの話が聞こえたのか、
「いつになったら、私は移動できるのかなあ」
花子さんが鼻を高々と上げてあくびをしました。
「お千代さん。アップで取るなら、もっと光をあてないとダメですね。さっき、カメラテストしたとき、まぶしすぎるからレフ板いらないって言ったんで、お千代さんの全身が映る形で、お千代さんのソロを撮ってますけど。どうします?横顔アップで撮りますか?」
「わ、わかりました。・・・とりあえず、テイクワンは全体を撮って。テイクツーでアップを撮ってちょうだい」
テイクツー。その言葉を聞いて、私は思わずモー太郎さんを見ました。
モー太郎さんは、軽くうなづきました。
「んじゃ、テイクワン続けますね~。テイクワーン、スタート!」
お千代さんが、ゆっくりと歩き始めました。
「生まれたばっかみたいだな」
モー太郎さんが笑いをこらえながら、小さな声で言いました。
歩く方向を変えようとしたお千代さんがバランスを崩し、倒れました。
「酒でも飲んでんじゃねーのか?」
モー太郎さんが言いました。
「ホントに聞こえちゃいますよ」
私がモー太郎さんに答えました。
「お千代さん。カメラまわし続けてますんで、そのまま歩いてください。編集でなんとかなりますから!」
お千代さんは、ゆっくり立ち上がると、何事もなかったような表情で歩きだしました。
「さすが、女優ですね!」
山田さんの言葉に、モー太郎さんが感心しました。
「やっぱ、山田、すげえなあ。猛獣使いの天才だわ」
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