第2話
「実はさ、もう一つ、納得のいかないことがあって・・・」
山田さんは、誰も私たちの小屋に近寄っていないことを確認すると、私たちのところに戻ってきました。
「みんな、聞いてくれる?」
私たちはお互い顔を見合わせました。
「山田、怒ってる理由は、それだろ?」
モー太郎さんは、落ち着いた声で言いました。
「元の飼い主が牧師のモー太郎さんには、おれの怒り、見抜かれてましたか!」
山田さんは、再び私たちを集めました。
「ちえちゃんのクビも腹が立ったんだけど、あいつがこの牧場の動画を作るって言いだしてさ」
「ドーガ?」
「はい、みんな、よく言えました」
山田さんは手を叩きました。
「今さ、動物園とか水族館が、飼育している動物の映像、それを動画って言うんだけど。その動画を作って、たくさんの人に観てもらってんのよ。あいつが、それを真似したいって言いだしてさ」
「あー、また始まったね。オオカミの人間モノマネ」
「そうなんですよ、花子さん。おれ、この牧場の動画を作ることには大賛成なんすよ。いい宣伝になるからね」
「じゃ、なんで怒ってんの?」
モー太郎さんが聞きました。
「あいつ、自分が主役の動画を取るって言ったんですよ!」
一瞬、みんなが黙りました。
「おい、山田。それって、全編オオカミの動画ってこと?」
モー太郎さんの言葉に、みんなが騒ぎだしました。
「そういうことです。オオカミが、この牧場のPRのために、自分を紹介する動画を作れって、おれに言ってきたんですよ」
「何考えてんの?牧場のオーナーは人間よ!オオカミじゃないわ!」
花子さんが前足で床を叩きました。
「じゃ、私は、紹介されないってこと?牧場と関係ないから」
チッタさんが言いました。ちょっと悲しそうでした。
「おれ、反対しましたよ。全力で。社長が動画撮って、編集すればいいって。そしたら、社長は、動画っていうのは若いやつがやることだから、山田のほうがいいだろって。社長もさ、自分ができないんだったら、あいつの意見に反対すりゃあいいんだよ!」
突然、モー太郎さんがしっぽで山田さんを叩きました。
山田さんが慌てて両手で口をおさえてから、数秒後
「山田、いるか?」
牧場主さんが、小屋のドアを叩きました。
「あ、はい!社長、どうしましたか?」
山田さんは、タオルで汗をふく仕草をしながら、ドアを開けました。
「あのさ、さっきの動画のことだけどさ・・・」
牧場主さんは、私たちのことには気にも留めない様子で、山田さんに話しかけました。
「お前が怒るのもわかるんだよ。でもさ、ここはさ、この牧場にお客をたくさん呼ぶためだと思って、動画、撮ってくれねえかなあ」
モー太郎さんが私たちに
「何も聞こえないふりしたほうがいい」
と、小さな声で言いました。
「シープちゃん、そこのボール取って。アタシ、動きたくないから」
花子さんが山田さんたちに聞こえるような声で言いました。
「はいはい!花子さん、お気に入りのふわふわボールですね」
そう答えながら、私は、前足でボールを蹴りました。
「社長。これ、提案なんですけど。もし、社長が、おれのお願いを聞いてくれるなら、動画撮影やりますけど」
「おい、取引すんのか!まあ、いいや。なんだ、言ってみろ」
山田さんは私たちに背を向けたまま、話を続けました。
「おれ、実は、個人的に動画配信やってて、そんな多くないんすけど、ま、視聴者ってのがいるんです。で、おれの動画で、この牧場のこととか、ここにいるみんなのことを紹介させてもらえるなら、動画撮影やりますよ。ただし、おれ、動画で収益あげてるわけじゃないんで、みんなの出演料、払えません。だから、動画の撮影や編集にかかる時間分の残業代は請求しないことにして、おれの動画に、お千代さん以外のみんなの出演を認めてほしいんですよ」
モー太郎さんが小さい声で「山田、やるなあ」とつぶやきました。
「うーん」
牧場主さんは大きな声でそう言うと、腕を組んでしばらく考え込んでしまいました。
私たちは、じっとしながら、牧場主さんの答えを待ちました。
「いいだろ」
牧場主さんが答えました。
「山田がタダでやってくれるって言うなら、反対する理由がないからな」
「社長!ありがとうございます!」
山田さんが牧場主さんに深々と頭を下げました。
「お千代には、俺から言っとく。たぶん、撮影は明後日からになると思うから。あ、あと、悪いけど、撮影のカメラは、山田、自分のを使ってくれ」
「いいっすよ。使い慣れたものの方が、撮影しやすいですから」
「お千代の指示がうるさいと思うけど、我慢してくれ。あいつは、自分が望むものができれば、それで満足だから」
「そこは、お任せください!その代わり、おれ用の動画は、おれの好きにやらせてもらいますから」
「いいぞ。どんどん撮って、どんどん宣伝してくれ」
牧場主さんが事務所に入ったことを確認すると、
「よっしゃ!これで、おれの怒りはおさまったぁ!」
山田さんは、私たちの方を向いてガッツポーズをしました。
「ちえちゃん、明日、来てくれるかな?お肌磨いてもらわなきゃ」
花子さんがぽつりと言いました。
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