羊が一匹 ~ちょっぴり番外編~
たえこ
第1話
羊です。
今、山田さんが、すごーーーーく怒ってます。
「ったく、マジでむかつくんだよ!あいつ!」
いつも穏やかな山田さんが大きな声で叫んでいるときは、本当に怒っているときです。私たちに怒っているわけではなく、何も言えない、何もできない自分に怒っているだと、山田さんは言います。
「落ち着けよ、山田。ここで叫んだところで、怒り以外、何も生まれない」
牛のモー太郎さんが山田さんに言いました。
「・・・すみません」
山田さんはモー太郎さんに頭を下げました。それから、私たちにも何度も頭を下げました。
「みんな、ごめんね。別に、みんなに怒ってるわけじゃないからね」
「わかってる!」
ロバのローバさんが元気よく答えました。
「いつものことじゃん」
そう言いながら、ゾウの花子さんが山田さんに近づきました。
「ま、そのうち、社長がみんなに話すと思うけど」
山田さんは、みんなが集まったことを確認すると、話し始めました。
「今さ、この牧場に、お客さん来てないの、みんな、わかるよね?」
「はい。不景気だからですよね?」
キリンのきいちゃんが答えました。
「きいちゃん、よく勉強してるね。ま、不景気だけじゃないんだけど。お客さんがいない、この時期に、この牧場で、働き方改革しようってことになってさ」
「ハタラキカタカイカク?」
私たちは一斉、初めて聞く言葉を言いました。
「はい、よくできました。働き方改革ってのは、我々、人間が、もっと楽しく、気持ちよく働けるように、働く時間とか場所を変えていきましょうってことなの。いきなり、働く時間とか仕事の内容を変えてお客さんに迷惑をかけるより、お客さんがいないこの時期に、働き方を変えて、お客さんがたくさん来るようになったときに、もっと楽しく気持ちよく働けるようにしようってことになったのよ」
「山田さんの働き方が変わるってこと?」
チーターのチッタさんが聞きました。
「そういうこと」
山田さんがうなづきました。
「おれはね、働き方改革には賛成なの。みんなで楽しく気分よく働けるなら、変えるべきところはどんどん変えたほうがいいって。だけどさ、それを理由に、ちえちゃん、クビにするんだぜ」
「えーっ!」
私たちは一斉に鳴きました(叫びました)。
「だろ?おれ、社長に抗議したんだ。おれの労働時間削ってもいいから、ちえちゃん働かせてやってくれって。けど、社長は、今の経営状態だと、バイトのちえちゃんを雇い続けるのは難しいって」
「ちえちゃん、知ってるの?」
ローバさんが山田さんに聞きました。
「今頃、社長がちえちゃんに伝えてると思う。可哀そうだよ。何も問題起こしてないのにさ、来月から来なくていいよ、なんて」
「ちえちゃん、一生懸命頑張ってくれたのになあ」
「そうですね。モー太郎さん。ちえちゃんさんのこと、好きだったから、やめちゃうのは嫌ですよねー」
「黙れ、羊!・・・そ、そんなこと、ないよ」
モー太郎さんがしゃがみ込みました。
それから少しの間、誰も、何も言えなくなりました。
「山田さん!メリーさんはどうなりますか?」
私が山田さんに質問すると、山田さんは私の頭を軽く撫でました。メリーさんは、私の大切なお友達です。
「前とおんなじ。メリーさんとおれが、みんなのお世話をするのは変わらないけど。メリーさんが朝、おれが午後の出勤になるのね。数時間は働く時間が重なるけど、一緒に働くことはないかな?」
「なんで?」
「密になるからダメだってさ。それに、おしゃべりは仕事の効率を下げるからだって。あいつが言ってた」
「あー。また、お千代さんの人間モノマネね」
花子さんが大きくあくびをしました。
「一緒に作業したほうが仕事の効率が上がることもあるって言ったんだけど、おれがメリーさんにあいつの悪口を言うと思ってるから、あいつはおれたちを一緒に仕事させないの」
「やーねー。人間みたい」
ローバさんが前足で軽く前足を踏みました。
「ローバさん。おれ、がっつり人間ですけど。あいつと一緒にしないでください」
山田さんの言葉に、モー太郎さんが笑いました。つられてローバさんも笑いました。
「この話、後で社長から言われると思うけど、みんな、おれから聞いたって言わないでね」
山田さんがみんなの前で手を合わせました。
私たちは全員、片方の前足をあげて、山田さんとの約束を守ることを示しました。
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