◆第八章◆ 砂塵とともに(4)

 うつ伏せに倒れたまま動かないディーンを注意深く観察し、オルムが呟く。

「死んでは――おらぬようだな。気を失っているだけか。あの機構獣が庇いおったな」

 少し離れた先で、その身を起こそうと脚を震わせる機構獣の馬を一瞥し――

「だがこれも僥倖よ。妾が受けた汚辱、その身に味あわせてやるわ。まずは――その顔の皮を剥ぎ、そして左腕を砕く。その後で残る手足も千切り取ってくれよう」

 残忍に口を歪め、玉座から立ち上がるとディーンに手を伸ばす。

「――!?」

 伸ばした腕の先に、阻む様に何かが飛来した。そして地面へと突き立ち光を放つ。

「くっ――! こっ……これは、この光は――封縛具!?」

 オルムが右腕で身を庇い、大蛇が光から遠ざかるように後ずさる。

「お姫さまにはお触り禁止だぜ、下がりな!」

「ぬうっ――貴様……」

 オルムが声の先へ振り向くと、白馬に乗った見覚えのある男の姿があった。

「一か八かだったが――少しだけ起動してくれたか、助かったぜ……」

 次第に光を弱めていく封縛具を見ながら呟く。

 シルビアを駆り、ホークはディーンの元へ向かい抱き起こす。細い肩が力なく下がった。

「しっかりしろ! 大丈夫か、ディーン! 目を開けろ!」

 呼びかけながら軽く頬を叩く。

「う……。ホー……クか。なんで、アンタがここに――」

 ディーンが目を開け、ホークが安堵の息を漏らす。

「お姫さまとお近づきになるのがオレの夢だからさ。今は――今はそれでいいだろ……?」

「はっ……そうかい……後で、ニールに怒られるぞ。お姫さまは……お触り禁止、だから……な。知らねぇ、のか……?」

 軽く笑って見せ、ディーンは腕に力を込め、上体を起こす。

「お……おい、大丈夫なのか!?」

「……ああ。アバラが少しイッたみたいだが、なん、とか……な」

 脇腹を押さえながらも、ディーンはよろよろと立ち上がる。

 同じタイミングでニールも駆けつけ、気遣うようにディーンに寄り添った。だがそのニールも胴体の外殻にはヒビが走り、脚を覆っていたはずの一部は破損し剥がれ落ちている。

「ここは退却だ! これ以上無理はしないほうがいい!」

「賛成したいところだが――どうやら……無理をしなくちゃ、ならねぇみたいだぜ」

 ディーンの返答にホークが周囲を見回す。

 三六〇度、どこを見てもその彼方にあるのは光沢を放つ白い壁。

 大蛇がその長い身体で輪を作り、二人を取り囲んでいた。

「くそっ――しつこい野郎だ……!」

「何が何でも、アタシたちをここで始末したいようだな」

 ディーンがニールへと跨り、ホークもシルビアに飛び乗る。

「どこまでも悪運の強い――しぶとい女よ! もはや苦痛を感じるヒマも与えぬ! ただ妾の前から消え失せるがいい……!!」

 天に頭を掲げた毒蛇。その玉座からオルムが声をあげ――

 凶獣が大きく口を開く。その奥から砲門が伸びた。

 大きく蜷局を巻いた身体から駆動音が鳴り響き、地面が細かく振動する。

 青白い光が大蛇の尾から首へと向かって走り抜けていき――

 鋭い眼が輝きを増す。そして砲門の奥に光が溢れだし――

「来るぞ! ホーク、気をつけろ!」

 ディーンが叫ぶと同時、ニールとシルビアは左右に離れるように跳躍した。

 直後、極大の青白い熱線がディーンとホークの傍らを通り抜ける!

 肌を震わせる熱波を浴びせながら波動は地へと突き刺さり、膨大な砂を打ち上げて瀑布へと変えた。

 しばしその様を見つめ――ホークが口を開いた。

「ディーン……一応確認しとくが、もし‘アレ’を食らったら一体オレはどうなる?」

「塵になる。火葬の必要もないくらいにな」

「そりゃあ――困る! 火葬はするなってのが曾爺さんからのウチの家訓でな」

「そうかい。だったら尚更――」

「ああ! こんなところで死ぬわけにはいかない」

「アタシもだ。気が合って助かるぜ。じゃ――神とやらを倒しに行くとするか……!」

 ホークは頷き、ディーンに続く。

 白銀と純白の騎馬が地を蹴り、二つの馬影が決戦の地へと向かって走りだす。

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