◆第八章◆ 砂塵とともに(2)

 舞い上がった砂が風に流され、眼前の獣の姿が露わに浮かび上がる。

 その名通り蛇腹状に幾重にも渡って紡がれた白い外殻。

 尾は緩やかに蜷局とぐろを巻き、その上体を支えている。しなやかに伸びる多関節の身体は頸に向かうにつれて幅が広がっていき、匙のように湾曲した胸部へと続く。

 対照的に頭部は小さく、それがかえって鋭い双眸を不気味に際立たせていた。

 頭頂部には外殻と一体化した玉座があり、先刻までと同様にオルムが座っている。

 毒蛇を模した白い凶獣。これがオルムのもうひとつの躰か。

「とくと見るがいい――これぞ妾の真の姿……! 全てを超越する神の力よ……!」

 擡げた首の上でオルムが両腕を高く掲げ、ディーンを見下ろしながら言い放つ。

「蛇は神の化身だってか? いかにも俗物が考えそうな発想だな」

 鼻で笑い、ディーンは肩をすくめる。

「ふん――その軽口がいつまで持つか見ものよの……! 忌々しきヴァルハの血族よ、今こそ永きに渡る屈辱を晴らし――我が復活の贄としてくれるわ!」

 オルムが高らかに叫び、大蛇が口を開け獲物へと擡げた首を振り降ろす。

 顎に備わった二対の毒牙がディーンを狙い、上下から串刺しにせんと迫りくる。

 その巨体には似付かぬ俊敏な一撃をディーンは横に転がって回避。衝撃で立ち込めた砂煙に紛れ、素早くニールへと騎乗する。

「図体の割にかなり動きは早いみたいだな。動き続けてチャンスを作るぞ、ニール」

 ニールが応じ、城門へと続く道を駆け降りる。遠ざかりざまにディーンが振り返り、鱗のような外殻に銃弾を叩き込む。

 無論手応えなどは無い、これは相手を動かす為の挑発だ。

「そこそこは動けるようだが、その図体で果たしてニールに付いてこれるかな!」

「ほう――面白い。では狩りの時間といこう」

 オルムが不敵に笑みを見せ、大蛇が動き出す。

 …………

 散乱する赤黒い金属片を散らしニールが疾る。その後を追い大蛇が身を左右にうねらせる。

 巨体を揺らすたび、砂と鉄粉、機構獣の骸はおろか、遺跡の残骸に至るまで大地に転がる全てのものが舞い上がる。

「ちっ――! こいつは想像以上だ……!」

 先んじて走り出したにも関わらず、離れることのないオルムとの距離。疾走するニールの上でちらりと後ろを確認し、ディーンが唸る。

 一帯に粉塵を巻き起こし、蛇蝎の如くおぞましい動きで迫りくる毒蛇。そしてその上に余裕の表情すら浮かべて腕を組んだまま座るオルム。

 背中からの射撃がくるかと警戒したが、一向にそんな素振りはない。

 逃げ場に乏しい遺跡内でオルムがそれを仕掛けてこなかったのは幸いではあったが、裏を返せばそれだけディーンたちを仕留める自信があるということだ。

 オルムがそう思うのも無理はない。

 通常の機構獣を遥かに超えるサイズの毒蛇。あの外殻を撃ち抜くことは今の装備では不可能に近い。更にあの俊敏な動きを前にしては、得意の内部機構の破壊も困難を極める。加えて‘蛇’を模した構造上か、鱗のような外殻を二重に着込んでいる事がわかった。つまり、そもそも狙撃できる箇所が極端に少ない。

 となれば、狙うべきは一つ。

 まずは相手の動き次第。ここはひとつ賭けになるが――

「ニール、このまま外に出るぞ! 城門を抜けろ!」

 視界に城門を捉え、ディーンは姿勢を低く構える。城門を抜けるまでに少しでもオルムとの距離を引き離しておきたい。ニールが呼応しさらに速度を上げ――

 刹那の暗黒を潜り抜ける。対して機構獣は城門を超える大きさだが果たして――

 直後、城壁を揺るがす凄まじい衝撃音。ディーンの狙い通り、なりふり構わず城門に突っ込んだ毒蛇が勢いのままに穴をこじ開け、その顔を覗かせる。

「――もらったッ!」

 城門脇で旋回し、タイミングを計っていたディーンが飛び――玉座に座したまま土煙の中に潜むオルム目がけて引金を絞る。三発の銃弾が撃発、そして寸分のズレもなく目標点に弾着する!

 そのままディーンは毒蛇の頭部に着地。玉座の背後からオルムへ止めの一撃を放つべく銃口を向ける――が。

「なっ――!? 何……!」

 そこにオルムの姿はなく、空の玉座が鎮座するのみだった。

「くっくっくっ……。やはり脆弱な人間の考える事など、その程度よな」

 頭の上からオルムの嘲笑う声が注がれる。

 ――――!

 ディーンが上へと向き直ると、城壁の上に立ちこちらを見下ろすオルムの姿があった。

 そして既に向けられていた銃口が火を吹き、弾丸がディーンに迫る。

「! ――ぐぁっ!!」

 全身のバネを使い、身体を放り投げるように空中で回転させるが――僅かに間に合わず凶弾が左太腿を掠め、皮膚を抉る。

 ディーンはそのまま地面へと落下し、周囲に砂埃が上がる。

 かろうじて軽傷で済んだが――もしオルムが話しかけてこなかったら、確実にやられていた。呼吸を荒げながら立ち上がり、駆け寄ってきたニールに飛び乗り距離をとる。

 その間にオルムは城壁から飛び――大蛇へと着地。再び玉座に座る。

「今のは妾からの褒美よ。この僅かな時間で、妾を倒しうるやもしれぬ戦略を立て見事に演じてみせた、その知勇に対してのな」

 余興でも見たかのような満足げな笑みを浮かべ、オルムが言う。

「さて――次は如何なる演目を見せてくれる? 寛大な心でなるべく長く楽しんでやるつもりではあるが、余りにつまらぬ児戯であったなら、即刻その首が飛ぶことになるぞ? せいぜい心してかかるがよい」

 所詮いつでも殺せる相手。ならばディーンが足掻く様を見ながら、少しずつ嬲り殺す腹か。

「はっ……生憎そんな芸達者じゃないんでな。悪いが延々と見せるつもりも――楽しませるつもりもねぇよ」

 呼吸を整え――ディーンは両手に拳銃を構える。

 城門を完全に破壊し、瓦礫を押しのけながら毒蛇の獣が砂漠へと這い出してくる。首を擡げ佇む大蛇に朱色の陽が当たり、その白い肌が艶めかしく光を返した。

 しばし睨みあい――そしてニールが全力で疾り出す。

 そびえ立つ凶獣に対し円を描いて移動し、ディーンが銃弾を放ち続ける。

 四方八方から浴びせられる鉛玉が、あらゆる角度で外殻を叩く。

「…………。何だ? 本当にもうその程度の事しか出来ぬのか? ならば――」

 しばしその様子を傍観していたオルムが息をつき、毒蛇が狙いを定める。

 大きく身を反らし、牙を覗かせ、凶獣が標的に襲い掛からんと加速する。

 視線の先にディーンを捉え、回避不能な速度で迫り、まさに獲物を毒牙が食い破る――

 その直前。ぐらり――と。目の前の世界が傾き、回転していく。

 ――――!?

 天地を見失ったオルムが視界の片隅に捉えたのは、蛇の身体に捲きついている一本の白金の鎖。この鉄鎖が毒蛇の尾に食い込み、絡みついていく。

 その鎖の先はディーンが乗る銀灰の騎馬の背に繋がっていた。

「おのれッ――謀りおったな……! さっきの銃撃はこの鎖を仕掛ける為の囮……!!」

 巻き取られるホーンに足を取られ、体勢を崩し倒れていく機構獣の上でオルムが叫ぶ。

 砂煙と共に巨体が地面に叩き付けられ、玉座から放り出される。

 空中で体勢を立て直し、地面へと足がついた瞬間。

 煙を裂き、オルムの正面にディーンが走り込む!

 至近でディーンの右手が狙いを定めようと動く。

 これを阻止すべくオルムが銃弾を放ち、その手から銃を宙高く弾き上げる。

 怯むことなくディーンは左手を振り抜き、頭部へ銃身を叩き付けようと試みるが――

 腕を上げてオルムがこれを防ぐ。そして――

 宙を舞った銃が重力に引かれ――再びディーンの右手へと収まった。

 銃口がオルムの双眸の間を捉え――

「ぐっ――!? ぐおぉぉぉぉっ……!」

 撃発。弾丸が突き進み――その先にかざされたオルムの左手へと弾着する!

 破砕音を響かせながら女帝の左腕が砕け散り――金属片が舞った。

「ちっ……今度ばかりは仕留めたと思ったんだがな……!! 化物め……!」

 左腕を犠牲にして致命傷を避けたオルムに言いながら、ディーンの額に汗が伝う。

 そこに起き上った大蛇の影が迫り、二人は離れる様に互いに後ろに飛ぶ。

「貴様……一度ならず二度までもこの妾の身体に傷を――」

 オルムが怒りに声を震わせる。

「遊びは終いだ――あらゆる苦痛を骨の髄まで沁みこませ、絶望で魂が溶けるまで嬲り続けて殺してくれる……!!」

 毒蛇へ飛び乗り、狂乱の女帝が叫びをあげた。

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