◆第七章◆ 懺悔と殉難(6)

「オリヴィア、早くこっちへ!」

 うす暗く、地下深くへと続く金属に覆われた狭い通路を走る。

「でも……ニール! みんなは!? 国は――お父様はどうなるの!」

 半ば強引にその手を引かれ、息を枯らしながらもオリヴィアが叫ぶ。

「……まもなく王都を檻として機構獣を閉じ込め、封印します! その為に皆も囮として籠城する覚悟を決めました!」

「そんな――! 待って! わたしも残るわ! 王女として……わたしが逃げるわけにはいかない!」

 腕を振り払おうと抵抗するオリヴィアをしっかりと掴み、ニールは最奥に現れた扉の横のボタンを押す。地を震わせるような鈍い音と共にゆっくりと分厚い扉が開いていき――ぼんやりと青い灯りに包まれたその部屋が露わになる。

 両壁に沿って並ぶ、半分に割った筒状の金属。棺のようにも見えるそれには何本ものパイプが繋がれており、制御装置へと接続されていた。

 オリヴィアを押し込むようにして室内へ入り、開閉ボタンを操作し扉を閉じる。

「仮に作戦が失敗しても、王家の意志を継ぐ者を絶やさぬために……!! 共にシェルターへ退避し、あなたを守り抜け――陛下が私に下された命令です!」

「なら、王女として命令するわ! 今すぐわたしを開放し王城へ戻しなさい!」

 激情に震えた瞳でオリヴィアはニールを見つめる。

 しばし無言のまま、互いの視線が交錯する。

「…………お願い、わかって――オリヴィア! 私は私の意志であなたを助けたいの……!! かつてあなたが私にそうしてくれたように……! ――くっ!!」

 そこまで言い、ニールが片膝をついた。鮮血が床にこぼれ落ちる。

「ニール……!! あなた怪我を……!」

 オリヴィアが慌ててニールに歩み寄るが――

 ニールが強くオリヴィアの肩を押した。オリヴィアの身体が後ろへと倒れ――

 半円筒の棺の中へと吸い込まれる。湾曲したガラス扉が閉じ装置が――冷凍睡眠コールドスリープが起動する。

「許して――オリヴィア。必ず……また迎えにいくわ。どんなに時が経とうとも、私はあなたを一人にはしない。必ず――!」

 ガラスを叩き、何かを訴え続けるオリヴィアにニールはそう言い残し、部屋の奥へと向き直った。

 その中央に鎮座するのは勇壮な騎馬を模した機構体。

 そして傍らに突き立つ一振りの金属の錫杖。

 人の魂を吸い結晶と化す魔女の杖――法器ヴェセル

 人が持つには過ぎた科学兵器ちから――最後に魔女が人類に遺した呪い。

 呪いは欲望の苗床となり、邪な心を育て、人に罪を重ねさせた。

「まさか……故郷を魔女に奪われた私が――これに頼る日が来るとはね。でも――」

 振り返り、装置の中で眠りについたオリヴィアの横顔を見る。

 オリヴィアと共に生き――いつか世界から呪いを断つ。その為であれば――

 ニールは法器を掴み、高く掲げた。


 ――許して…………。必ず……また迎えに…………。どんなに時が経とうとも、私はあなたを…………。必ず――!

 景色が歪み、音が遠のいていく。

 薄れていく意識にしがみつき、抗おうと力を込める。

 かろうじて腕を伸ばすが身体は重く、すぐに崩れ落ちた。

 全身から力が抜けていく。

 必死に何かを叫んでいたはずの自分の声すらも霞のように、かき消えていた。

 意識が世界から切り離され、暗闇の奥に深く深く沈んでいく。そして――

 …………

 次第に目の前が白く染まっていき、浮かび上がるような感覚に包まれる。

 うっすらと目を開くと、溶接の跡の残る天井が見えた。

 鈍い蛍光色の光を見つめ、オリヴィアは鉄の揺り籠から身体を起こした。雪のように積もった埃が舞い、思わず咳き込む。なぜこんなに埃が……?

 強固な鉄壁に囲まれた地下シェルター。しかしその入り口は無残に破壊されていた。

 地面に散らばる機構獣の残骸に息を呑む。その鉄屑を踏み鳴らし――白金に輝く騎馬が姿を現した。青く灯る瞳に声も出せず後ずさるが――。その獣は静かに伏せ、じっとオリヴィアを見つめている。

 …………?

 不思議に思い注意深く観察すると――騎馬の頭部から生える刃が目に留まった。

 見覚えがある。これは――ニールの剣。

 オリヴィアは振り返り、部屋の奥を見る。そこにあるはずの――機構体と法器が無い。

「ニール……まさか、あなたが――」

 立ち尽くすオリヴィアを促すように鉄騎は静かに歩を進め、装飾の施された木箱の前で止まる。恐る恐るオリヴィアが近づき、埃を払い箱を開けると――

 一枚の便箋と、白銀と漆黒、二丁の拳銃が収められていた。

 便箋を取り出し、中の手紙を見る。


 …………


 ヴァルハ王女


 まずはこのような姿で貴女をお迎えする事になってしまう無礼をお許しください。

 我が王が、そして我が国と民が誇りと信念をもって立ち向かってきた魔女の呪い。

 それを最後の最後で私が禁を破り、その力に縋る醜態を晒す結果を招いた事、心痛に堪え兼ねられません。

 それはひとえに私自身の無力さゆえ。

 陛下の言付けを全うし、貴女をお守りする術が他になかったのです。

 この愚将に、どうか御寛恕ごかんじょを賜れれば幸甚こうじんに存じます。


 そしてオリヴィア


 あなたの優しさを、あなたの気遣いを利用して、騙すような事をしてごめんなさい。

 でも、どうしても私はあなたを助けたかった。あなたにこれからも生きて欲しかった。

 故郷を失った私が挫けずに生きてこられたのは、全てあなたのおかげ。

 本当に、ありがとう。

 私と同じような悲しい想いをさせまいと、国を守ろうと決意してこの道を進んできたけれど、その願いはもう――叶わないみたい。

 だったら、せめて私はあなただけでも最後まで守ろうと思う。

 あなたを一人にはしない。絶対に。

 あなたがこれを読んでいるとき、私はちゃんとそばにいる。

 そして、これからもあなたを守り続ける。だからどうか、安心して。


 最後に。この銃をあなたに託すわ。

 『フギン』と『ムニン』

 その名の通り私の一部‘思考フギン’と‘記憶ムニン’を込めた特注品よ。

 オリヴィアならきっと――使いこなせるようになると信じているわ。

 姿こそ変わっても、私の魂はいつでもそばに居る。

 だから強く、自分の信じた道を進んで。どこまでも一緒についていくから。


 私の最高の友にして、最愛の妹。オリヴィアへ。


                          Nir.Garland


 …………


 震える手で手紙を閉じ、そして溢れる涙を拭うこともなくオリヴィアは、ニールの顔を見上げた。

 一体どれほどの時間を、独りで過ごしてきたのか。

 一体何を想い、この日を待ち続けてきたのか。

「あなただけに辛い想いをさせて――ごめんなさい……!! そして、わたしを一人にしないでくれて――ありがとう……!! ニール――お姉ちゃん……!」

 その頸に手を回し、頬を寄せた。

 血の通っていないはずのその顔は、何故か――とても温かだった。

 …………

 母がつけてくれたファーストネーム‘Olivia’は平和を。

 父がつけてくれたミドルネーム‘Dean’は勝利を意味する。

 未だ呪いの残滓が世界に残るなら、平和を成す為の勝利をもたらそう。

 それが王家を継ぐ者の――‘Deanアタシ’の使命だ。

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