◆第七章◆ 懺悔と殉難(4)

 ニールから降り、城門へと足を踏み入れる。

 その先の光を目指し、薄暗い人工穴の中を進む。

 間もなく。傾きかけた太陽の明かりに浮き上がるのは、主を失い停止したままの機構獣の群れ。砂地の上に堆積したそれの破片が赤黒く光沢を放つ。

 物言わぬ衛兵の間に伸びるその赤い絨毯を踏みしめ、ディーンは王宮を目指す。

 金属が擦れ、軋む足音を残しながら一歩、また一歩とディーンは進む。

 後に続く四脚の蹄が、その軋みをばら撒き、慟哭へと変える。

 眼前に迫るは女帝の居城。その威容が鮮明になっていく。

 かつての栄華を取り戻さんと、腐食した尖塔は天へと鋭く手を伸ばし、かつての野望を叶えんと、朽ち落ちた天守は奈落へと続く口を開けている。

 緩やかな傾斜を上り――

 …………

 目の前に広がる広大な敷地。その中央には――王宮を背に椅子に座した白い影。

「来客を迎えるのも――実に久しい」

 主はそう言って、傍らの丸テーブルからティーカップを取り、一口すする。

 動きに合わせ、剥き出しとなった右腕の白い外殻が光沢を放った。

「昔はこうして諸国の王皇族と茶を楽しむ――そんなこともあった。どうだ、少し付き合わぬか? ヴァルハの王女――オリヴィアよ」

「疑ってたわけじゃねぇが――どうやら本物みたいだな。女帝オルム・ヴェノンシャフト。アタシより二回りは上だと記憶してたが――すっかり見てくれが変わっちまってたんで、気づかなかったぜ」

 ディーンは見下すように首を傾げ、偽りにまみれた少女を一瞥する。

「なに――これは妾が即位した日の姿を再現したまで。そのほうが、世界を統べる神として君臨するに相応しかろうと思うてな。それより――お主も随分と変わったものだ。礼節を忘れたそのみすぼらしい姿。これが亡国の王女のなれの果てとは――哀れなものよ」

 オルムは溜息を付きながらカップを置くと、わざとらしく頭を振った。

「……そうでもねぇさ。好き好んで機構獣ガラクタに成り下がったアンタほど、惨めじゃねぇよ」

「――ふはははっ! 何をのたまうかと思えば、己の事は棚に上げよく言ったものよ。この八〇〇年余り――素性を隠し、人を欺いてきた身でありながら」

 ディーンの言葉を一笑し、オルムは巻き髪を指で弄ぶ。

「だが――嬉しいぞ? こうして同じ感覚を共有できる相手と語らえる日が来るとは」

「……あぁ?」

 ディーンが訝しげに目を細める。

 オルムはテーブルの皿に並ぶ青い石片を眺め――

「魂の輝きとは――いつ見ても飽きぬ。美しい散り際で目を、そして甘美な味で舌を楽しませてくれる」

 菓子でも摘まむように口に放り込む。

「妾と同じく――永遠の命を手にしたお主なら理解できよう? 脆く儚く消えゆくものを、その摂理の外から鑑賞し味わうこの至福。まさに神の特権の一つよ」

 耳障りな破砕音を口の中から響かせ、オルムがカップを口に運ぼうとするが――銃声と共に、その取っ手から先が砕け散った。

「無駄なお喋りは好きじゃなくてな――もうこの辺りでいいか?」

 硝煙を漂わせる銃口を向けたままディーンが言う。

「――もう少し語らいたかったのだが……茶会は終いか。仕方あるまい。では――頂くとしようか」

 濁色の液体が滴り落ちるカップの残骸を握り潰し――

被膜かわを焼き、外殻はだを裂き、機構ほねを抉り――その胸の奥にある貴様の魂の輝きをな……!!」

 女帝の双眸が禍々しく光を放つ。同時にディーンの周囲に六つの砂柱が上がった。

「――っ!? テメェ……!!」

 その姿を捉え、ディーンの瞳が震える。

 地中から現れた六体の機構獣――子供たちの成れの果てに。

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