◆第七章◆ 懺悔と殉難(2)

 帝国の支配が終焉を告げ、人々に自由が取り戻されたその日。

 ヴァルハ家の王女オリヴィアは平和への願いを込めて一粒の種を撒き、祈りを捧げました。


 刻は流れ――種は多くの恵みをもたらすオリーブの大樹へと成長していきました。

 そして――大樹はミドガの発展を支え、今も平和を見守り続けているのです。


 邪なる者を破り、人罪を贖い、和をもたらした英雄たち。

 偉大なる先人がいたことを、忘れてはなりません。


 その遺勲が守られ、この平和が続いていくように。

 願いと祈りを込めて。

 全てを記したこの本を捧げます。

 古の英雄たちと、未来の子供たちへ――


                          Elena.Brown


 …………

 本を閉じ、ディーンはゆっくりと顔を上げた。

 いつもと変わらぬ薄青の空と、霞んだ日射しを注ぐ太陽。そして――変わり果てた大樹。

 かろうじて残った幹は炭となった肌を晒し、周囲には鼻をつく煤の臭いが立ち込めている。

 焼け落ちた黒い枝葉は風に吹かれ灰燼と化して消えていった。

 やがて――ディーンは背を向けると歩き出す。

「……待ちな。どこに行くつもりだ」

 かつての東門へと延びる道をゆっくりと進んでいくと。

 消し炭となった瓦礫が散乱する通りの真ん中にホークが立っていた。

「……聞くまでも――ねぇだろ」

 正面に立ち止まり、ディーンは静かに言うとその脇を通り抜けようと歩を進める。

「一瞬で街を壊滅させるようなヤツだぞ! いくらなんでも無謀だ……!」

 違いざまにディーンの肩を掴み、押しとどめるように力を込める。

「助けを呼ぶんだ……! オレと一緒に連邦保安局へ来い……!!」

「…………離しな」

 ディーンは横目でホークを一瞥する。熱を秘めた青い瞳が鋭く突き刺さる。

「なぜだ!? なぜそこまで頑なに一人にこだわる……!」

 ホークが声を荒げ、ディーンの身体を押し戻す。

 その勢いでディーンのマントがめくれあがり――ペンダントが胸元に舞う。 

 あしらわれているのは枝葉を伸ばした聖樹と、それを守護するように左右に並ぶ雄鹿と雄山羊の意匠。そして――中央に輝く王の冠。

「――!? ギルドの旗章……いや、違う。まさかオリジナルの――」

 かつてあったとされる九つの国は全て滅んだ。故に現在、その全てが連邦国として統治されている。アーガル国を治めていたヴァルハ王家も機構獣との戦いの末に共倒れとなり、最後にはその血が途絶えたはずだ。

「……この件は――ヴァルハ家がつけるべき落とし前。つまり――最後に残されたアタシの使命だ」

 言葉を失ったままのホークにそう言い――

「アタシはアタシの進むべき道に向かうだけさ。今を生きるアンタには、アンタが進むべき正しい道がある。何も気に病む事はねぇよ。保安局に戻りな」

 乱れたマントを直す。そしてホークの横を通り抜ける。

「一緒に進めるのはここまでだ、ホーク。じゃ――あばよ」

 静かな足音と、蹄の音がホークの背に響き――そして風の中へ消えていった。

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