◆第六章◆ 真相(9)

「待て、ニール……! ミドガが……!!」

 砂丘の頂に差し掛かった頃、振り返ったディーンが声をあげた。視線の彼方には暗闇の中、煉獄に揺らぐ大樹の影。

 急いで双眼鏡で状況を確認する。焼け崩れていく建物の中、蠢く巨大な影が見えた。

 燃え盛る炎を艶めかしく照り返す色白な外殻。

「くっ……機構獣だ! 戻るぞ! 全力で飛ばせ、ニール!」

 ディーンに応じて嘶き、ニールが砂を蹴る。

 昏い月明かりに輝き、紅い軌跡を刻みながら駿馬は砂海を突き進む。

 …………

 枯れた大地に蹄の音が響きだし、闇夜に浮かぶミドガの姿が露わとなっていく。

 熱波と共に届くのは、燃え盛る炎の唸りや、建物の倒壊音、焼け焦げた煤の臭い。

 街を囲んでいたはずの柵と西門は跡形もなく瓦礫と化し、傾いた風車は、ごうごうと音をあげて燃えていた。

 速度を緩めずにニールは瓦礫の山を飛び越え通りを疾走する。

 焼け落ちた家屋が連なり、破壊された道には息絶えた人々が横たわっている。広場ではオリーブの木が燃え盛り、見せつけるかのように惨劇の跡を闇から炙りだしていた。

「エレナ、アレン! どこだ! 返事をしてくれ!!」

 宿屋へと続く道を疾りながらディーンが叫ぶ。そして――

 かつてそこにあったはずの場所で、止まる。

 ミドガ一番の宿の姿は微塵もなく――一帯にはなぎ倒された建物の残骸が積もっているばかりだった。

 ニールから飛び降り、ディーンが瓦礫の山に駆け上がる。

「アレン……!」

 半ば瓦礫に埋もれ、うつ伏せに倒れるその姿を見つけ抱き起すも――アレンの身体には数多の銃創が刻まれており、右手にライフルを掴んだまま――事切れていた。

「くっ……!!」

 ディーンは目を伏せ、ゆっくりと頭を振る。すると――

「……ィーン、さん。ディーンさ……ん」

 弱々しくも、ディーンを呼ぶ声が聞こえた。顔を上げ、辺りを見回す。

「エレナ……! 大丈夫か!?」

 石壁の下敷きになりながらも、上体を起こそうとするエレナを見つけディーンが走り寄る。

「エマじゃ、なかったの……彼女は……ミルドガルの女帝……。己を機構獣と化した、恐ろしい――」

「いいからもう喋るなエレナ! すぐに助ける!」

 エレナの下半身に覆い被さっている塊をどかそうとディーンが手を掛けるが――

 おびただしい量の血が隙間からこぼれ出しており、既に周囲を黒く染め上げていた。

「――いいの。もう……わたしは……。それより――」

 震える腕を伸ばし、エレナは一冊の本を差し出す。

「これを――このお話の正しい結末を……未来に…………そして子供たちの、墓前に――聞かせてあげ、て……」

「ああ――! 約束する、必ず……必ず!! アタシが――こんな結末だって書きかえてやる!」

 ディーンが両手でエレナの手を強く包み込む。エレナは微笑み――

「ディーン、さん……貴女に会えて――良かった。ありが――」

 瞳を震わせながら――静かに瞼を閉じた。

 その顔には傷一つなく――まるで。

 まるで美しく眠る――王女のようだった。

 …………

 半身を引きずりながらホセが広場へと差し掛かる。

 死力を絞りここまで這いずってきたが――もう……限界のようだ。

 出血がひどい。倒れ込み、炎に包まれた大樹を仰ぎながら、愛娘と息子の顔を思い浮かべた。意識が薄らいでいく。視界が失われ、暗闇に飲まれる直前――

「ホセ……」

 何度も街を――皆を救ってきた英雄の声が届いた。

「おお……間に合った、んだな……エレナは……アレンは無事、か……?」

 その希望に縋り、ホセは声を絞り出す。

「ああ……!! 二人とも――二人とも無事だ。アレンは守り抜いた! エレナは傷一つ付いちゃいない……! 綺麗なもんさ……!!」

 震えを押し殺し――ディーンは力強く答える。

「そう……か。ははっ……さすがは俺の認めた、息子だ。これで……俺も安心して――」

 ホセは安堵の笑みを浮かべ――そこで言葉は途絶えた。 

 …………

 焔に揺られ、緋色の髪が紅蓮に染まる。

 立ち尽くすその背に、焼け落ちていく大樹の火の粉が舞っていた。

 払いのけるようにマントを返し、ディーンは胸元に輝く王家の紋章を握り締める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る