◆第六章◆ 真相(8)
太陽が地に呑まれ、宵闇が世界を支配する。
手がかりを求め、数人の協力者たちと共に奔走したアレンとエレナだが、何の収穫も得ることはないままに半日が過ぎようとしていた。
「エレナ、君は宿に戻って。ディーンさんたちが戻ってくる頃だ。あの二人なら何か掴んでいるかもしれない」
心身に疲労を滲ませたエレナを気遣い、アレンが言った。
「そ……そうね、わかったわ。アレンはどうするの?」
「僕は最後に保安局を調べてみるよ。その後ですぐに向かうから」
エレナが頷き、アレンも応じる。二人は広場で別れ、各々に通りへと向かい歩き出す。
…………
保安官の詰所へと辿り着き、アレンは急ぎ足で中へと入る。
通常であれば民間人が踏み入ることの出来ない受付奥の扉を開けると、左右に廊下が伸びており、右は物置とトイレへの入り口、左側は地下の独房へと続く階段が伸びていた。独房は今やもぬけの殻だ。特に調べる必要もない。
アレンは残る正面の部屋へと続くドア開け、中に潜りこんだ。
部屋には大ぶりのテーブルがあり、その上にはダーレスが違法に集めた品々が乱雑に置かれていた。壁際の書類棚は古い事件の記録簿が積まれ、埃を被っている。
アレンは一通り室内を見回し、日常的に使われていたであろう書斎机を調べてみることにした。引き出しの中を確認すると、麻紐で束ねられた書類が詰め込まれており――その下に隠すように裏返しになって数枚の写真が収められていた。
めくってみると孤児として教会に引き取られている子供たちの顔だ。裏面には名前といくつかのメモ書きが書き込まれている。おそらくは――ダーレスの裏仕事の名残だろう。
ならば当然エマのものもあるはずだ。アレンは顔をしかめつつも一枚一枚丁寧に確認する。
――と、裏に‘Emma’と書かれた写真を見て手が止まる。
「こ……これは一体――!? 急いでみんなに知らせないと!」
写真を握りしめ、アレンは保安局を飛び出した。
…………
扉を開け、正面のカウンターへと進む――と、ラウンジから灯りが漏れているのに気が付いた。昼間から留守にしていたのだから、灯りがついているはずはないのだが。
エレナは不思議に思い、中を覗き込む。丸テーブルを囲んで座る子供たちの背が見えた。
その先には――窓の外を見つめる一人の姿。エレナに気が付いたのか、ゆっくりと振り返る。
「エマ……! 一体どこに行ってたの! 心配したんだから……。それにこんな時間に――みんなまで……どうしたの?」
安堵と憤りの入り混じった感情に、少し大きな声になりながらエレナはラウンジに足を踏み入れる。
「みんなに……続きをお話ししてたの……。まだあの本にはない、その続きを」
「…………エマ? 何を言って……」
いつも通りの彼女の静かな声――だが何かが違う。氷柱のような冷たさと危うげな鋭利さが芯にあるような――
「だけど……。この子たちには……信じられなかったみたい。だから……」
「何……? エマ、どうしたの!? 何か……あなた何か変よ――」
ただならぬものを感じ取り、エレナの足がすくむ。
「だから……教えてあげる事にしたの。こうすれば――私と同じような身体を持てるんだって」
エマは――いや、目の前に佇む恐ろしい何かはそう言って手のひらを開く。
六つの宝石が青白い輝きを漏らし――子供たちの身体が力なく床に転げ落ちた。
――――!
エレナが腰から崩れ落ちる。目を疑う光景に、呼吸が乱れ、瞳孔が開く。声を出すことも、焦点を合わせることも叶わぬまま、床を這いずるように後ろずさる。
「エレナ! ……エレナっ!」
けたたましい音と共に扉が開く。荒々しく廊下を響かせ、アレンがラウンジに飛び込んできた。
「ア……アレン、エマが……! 子供たちを……!!」
しゃがみ込んだエレナと、機構獣の元となる輝石を持つ少女を見てアレンが叫ぶ。
「こいつは……こいつはエマなんかじゃない! みんな騙されていた……最初から違っていたんだ……!!」
「じゃ……じゃあ、じゃあ彼女は一体……!?」
アレンがライフルを構え、手から紙切れがこぼれ落ちる。
エマの写真だ。だがエレナの目に映ったその顔は――浅黒い肌に黒い髪の少女だった。
「もう少し……芝居を楽しもうと思っていたのに。一人ずつ、一人ずつ……その顔が歪む無様な様子を見ながら、消していこうと考えていたのに……」
「くっ……お前、一体何者だ……!!」
警戒を強め、アレンが恐怖を押し殺して声を振り絞る。
「私は――いや、もう下々の言葉を話す意味もないか……妾の名は――オルム。ミルドガル帝国を、そして世界を統べる神となるべき女帝。オルム・ヴェノンシャフトよ――」
己を偽ってきた少女はそう言い放つ。
「ミルドガルの……女帝……? そんな……そんなことがあるわけ――伝説が事実だとしても女帝は倒され遥か昔に帝国は滅んだ。いえ――事実であれば尚更、あり得ないわ!」
「小娘、確かこれはお前の記した本だったな――正確に事実が記されておる。感心したぞ。故に――妾がここにいることが事実だということも納得できよう?」
そう言って開いた本を見せるようにエレナへ向かって放り投げる。
目の前に落ちた本の一文にエレナの目が留まる。
――その地と共に恐るべき女帝は永遠に封じられる事となったのです。
言わんとしている事を察し――エレナが顔を上げる。
「左様、妾は封じられていたに過ぎぬ――もっとも‘永遠’ではなくなったがな」
そう言って女帝は口を歪める。
「なぜ……なぜ今になってこんな!? 僕たちに協力して自警団の、ディーンさんの助けになってくれていたのに……! 一緒に機構獣を倒したじゃないか!」
変わり果てた子供たちを見ながらアレンが頭を振った。
「あれは兵器としては優秀だが……少々見境がなくてな。敵味方関係なく、人も機構獣も喰ろうてしまうのが欠点よ。神殿の奥底に封じられた妾の力を解き放つには、少々邪魔だったものでな。故にそなたらに働いてもらったまで。あの欲深い男も役に立った――大義であったぞ」
満足げに言い、そして一歩踏み出す。
「機は熟した。では――再開といこう。我が望みを現実のものとする聖戦のな――!」
オルムの双眸が青白く光を発した。
姿形こそ人の艇をなしてはいるが、その輝きは凶獣のそれと変わりない。
「まずは――我が帝国を裏切り、王国の犬と堕ちた愚かな民の末裔ども。罪の贖いなど不要。ただその血を以って、この
ゆっくりと腕を上げ、指先を伸ばす。
「エレナ! 逃げるんだ、はやく!」
アレンが叫び、狙いを定め引金を引く。
弾丸がオルムの肘の内側を捉え弾着するも――金属音と共に弾かれる。
丸く焼けた表皮の下からは――白く光沢を放つ外殻が覗いていた。
やはり恐るべき女帝の正体は生身の人間などではなく――人型の機構獣という事か。
躊躇いを見せる事なく、素早くアレンは弾薬を込める。そして再び同じ場所を狙い撃発。
「君は必ず守る! エレナ、はやく行ってくれ!」
アレンは何度も一点を狙い、引金を引き続ける。幾度となく発砲炎と薬莢が舞い――ゴムの焼けるような臭いと共に表皮が剥がれ落ち、オルムの本来の腕が露わとなる。
「そんな玩具では妾には傷一つつきはせぬ――もう気は済んだか? 小僧」
骨格をそのまま再現したような腕をがちゃり、と鳴らしオルムがエレナに指先を向ける。
そこに覗くのは――白磁のような外殻とは対照的な漆黒の銃口。
本を抱えながら、よろよろと立ち上がったエレナへ凶弾が放たれる。
――――!
「――う……あっ……!!」
肩に焼けるような痛みが走り――熱い液体が溢れ、肌を伝う。
「エレナ……、ケガは……!?」
顔を覗き込むアレンの言葉に、エレナが震えるように首を振る。
「よかった……ぐっ……!」
「ア……アレン!? アレン! しっかりして!」
倒れそうになるアレンを支えると――どろりとした感触がその手を赤く染める。
瞳を震わせ、アレンを見つめた。エレナを庇い被弾したアレンは痛みに顔を歪ませながらも、それでも笑って見せた。
エレナの背を押し廊下へと送りだすと、アレンはラウンジへと向き直る。
「行って、エレナ。守らせてほしいんだ。君を、最後まで――」
アレンが駆ける。その背が消えていき――幾重もの銃声が鳴り響く。
想いに応え――そして想いを振り切るように。
輝く雫を散らし、エレナは外へと飛び出す。
アレンはわたしを守ってくれた――だったら、せめて。
せめてこの命でわたしは街を、みんなを――
――――。
そこに広がる光景に、エレナは力なく膝をついた。
生まれてから今日までの二十年余り。
見慣れてきた故郷の姿は、もう――残されてはいなかった。
並ぶ家屋は跡形もなく倒壊し、道はうねる炎に包まれ、教会は黒く煤こけている。
そして――紅蓮に包まれ、崩れていく大樹。
「――数百年の時を経て、民は知ることとなりました。先人のその愚かな過ちを。そして一人残らず、その血を枯らし――神に懺悔したのです」
中から現れたオルムが、物語るように言った。
そして――エレナの背に巨影が落ちる。
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