◆第六章◆ 真相(5)

 夜更けを過ぎても街には喧騒が溢れ、年に数度の祝祭にも劣らぬ盛況ぶりだった。

 若き二人の門出と、皆で結束し街の危機を乗り切った事に、人々は色めきだち喜びを分かち合う。酒場は若い男女やハンターで賑わい、広場にもテーブルが持ち出され、集まった男が祝杯を交わしあっていた。

 入れ替わりやってくるハンターたちと延々と乾杯を続けた結果、ディーンの周辺はありとあらゆる酒の空瓶で埋め尽くされていた。屈強な男たちがひとり、またひとりと酔いつぶれ、ようやく盃を交わす相手も居なくなった頃。

「一人当千とはこのことか。いやはや、遺跡での戦いと同じく、こっちの方でもお前さんの独壇場だな」

 死屍累々とあちらこちらに倒れ込み、いびきをかく男たちを眺めホークが苦笑した。

「ようホーク。そんな中に残ってるとは、アンタも大したもんだ」

 上機嫌でディーンが返し、ホークが向かいの椅子に座る。すると懐から何かを取り出し、見せる。

「互いに街を発つ前に、ちょいとコイツを見てもらいたくてな」

 手渡されたそれは、黄金に光を反す金属製の杭。その頭の部分は三つ又に分かれ、正三角を描いている。

「こいつは……。どこでこれを?」

 ディーンの表情に変化が浮かぶ。

「やっぱりお前さんなら知っていたか。実はダーレスの持っていた証拠品の中にコイツが紛れ込んでいたんだ。で、もしやと思ってな――」

「ああ。察しの通りだ。これは‘封縛具グレイプニル’。周辺の機構獣に干渉し、活動を封じる妨害兵器さ」

 封縛具を返しながらディーンは説明する。

 機構獣と同じく古の文明により作られた超兵器。それも今となってはロストテクノロジーによる超遺物オーパーツとして、裏では高額で取引されていると噂だ。

「オレも文献でしか知らなかったから半信半疑だったんだがな、本当に存在したとは」

「……なるほど。今回の件のきっかけはコイツだったってわけか」

 グラスを傾け、ディーンは事の真相に行きあたる。

 遺跡に現れた機構獣。あれほどの増殖機能を持つものが野放しだったにも関わらず、なぜ今までその姿を見せなかったのか。

「ああ。ダーレスと隊商を装ったギャング団が、遺跡から金目のものを略奪していたことが原因だったのさ」

 ホークが葉巻をふかし、溜息と共に煙を吐く。

 そう、機構獣は野放しだったのではない。はるか昔からあの場所に封じられていたのだ。その役割を担っていた封縛具を遺跡荒らしによって解除してしまい、獣を解き放つ事態を引き起こしたのである。

「それでこの封縛具だが、効果のほどはどれくらいなんだ? また機構獣が溢れ出すなんてことがあったら目も当てられない」

「効果は相手次第ってところだ。強力な機構獣をそれ一つで完全に封じることは難しい。だから一帯に封縛具を設置して動きを停止させるのさ。獣を囲む柵のようにな」

「おいおい。それだと今回の影響で、柵の中に動けるやつが出現していたらヤバいんじゃないのか? 封印を解かれちまうんじゃ――」

 ホークが表情を曇らせる。

「安心しろ。例え動きを封じられなくとも、機構獣自身の手で封縛具を解除することはできない。直接接触は干渉力が大きいからな。核石から流れ込むエネルギーを逆流させて――と……ああ、もういいだろ? こっからは企業秘密だ」

 そこまで言ってディーンは渋い顔になり、グラスを煽る。

「これだけ飲むとさすがのお前さんも口が軽くなっちまったか? まあ、わかった。情報感謝するぜ。上に掛け合って、そういうことが起こらないように遺跡は監視させるさ」

 らしくもなく口を滑らせ、決まりが悪そうなディーンを見て、ホークは笑った。

 …………

 街のざわめきを一人遠くに聞きながら、ダーレスは地下の独房のなかで憤りに肩を震わせていた。

「くそっくそっくそっくそっ! くそおぉぉっ!! なんでなんでワシがこんな目に……! ワシはこの街の治安を改善してやったというのにッ! ゆ……許さん! どいつもこいつもその恩を忘れおって……! こんな街、全て消えて無くなってしまえばいいのだッ!」

 叫びながら拳を叩き付けた。怒号が反響し、冷たい石壁に飲まれて消える。

 息を切らし、床を見つめていると――

 こつん―― 

 誰もいないはずの地下牢にわずかに音が響く。

 こつん。こつん――

 音が近づいてくる。ダーレスが顔を上げると――

「本当に……そう思う?」

 足音が停まり、静かな声が響く。

 暗闇に浮かび上がった白い衣の少女はそう言って首を傾げて見せた。

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