◆第五章◆ 決戦(7)

 神殿内は細い通路が入り組んでいることに加え、天井が崩落し通行できない箇所もあり、さながら迷宮の様相を呈していた。

「くそっ……あんまりのんびりしてるヒマはないってのに」

 これで何度目かの行き止まりだ。踵を返し、もと来た道に向き直る。開けた場所はほとんどない為、大量の機構獣と一度に遭遇することは無さそうだが、標的に辿り着くまではかかりそうである。

「焦っても仕方がない。地道にいくしかないさ。幸い構造自体はさほど複雑じゃなさそうだ」

 ホークが壁にチョークで印を付け、道標を刻む。

 これまで歩いてきた道のりから推測するに、通路はいくつかの部屋を挟んで格子上に広がっており、左右対称に作られているようだ。

「にしたって、普通に動くのすらこの手間だ」

 直角の曲がり角に差し掛かり、ディーンは手鏡を出して角の向こう側の様子を伺う。

 通路が細くかつ見通しが悪い為、こうして逐次安全を確認する必要がある。回避スペースに乏しい空間で、出会い頭での敵との接触は避けなくてはならない。

 鏡に映るのは三体の機構獣。手前に背を向けた一体、その奥にもう一体。そして天井に張り付きこちらへと進んできている一体。

 内部に入って同時に複数の敵と遭遇するのは初めてだ。

「ちっ……しょうがねぇ。飛び出して一気に早撃ちといくか」

 ディーンが舌を打ち、面倒そうに銃を構える。

「待て、ここはスマートに終わらせよう。オレに任せな」

 ディーンの腕前を信じないわけではないが、万全に越したことは無い。ホークは拳銃を構えると――

「……? どうするってんだ?」

 鏡面に映る獣を確認し、曲がり角の壁に向けて三度引金を引く。

 弾丸が半濁の音を立てながら、生き物のように石壁を滑り跳ね――直後、三体の獣が崩れ落ちた。

 銃口から上る煙を吹き、ホークが帽子を下げる。

「――へぇ! やるじゃねぇか。まさかそんな特技があったなんてな」

「能ある鷹は爪を隠す、ってやつだ。こいつがオレの真骨頂よ」

 正確無比な跳弾。さすがのディーンもこれには感嘆した。

「いっそ、その跳弾を適当にばら撒きながら突っ走るってのはどうだ?」

「冗談だろ? そんな真似してもし当たってなかったら笑えないぜ。挙句しっかり狙うのが基本だ、ってアレンに笑われちまう」

 適当に言ったジョークをスマートに躱され、ディーンは苦笑した。

 気を取り直し、二人は再び暗がりの廊下を進む。


 隊商の幌馬車へと辿り着き、自警団の面々が作業に取り掛かる。ある者は馬を輓具ハーネスで繋ぎ、またある者はスコップで砂を掻いて埋もれた車輪ホイールを掘り起こす。

 城壁を超えて現れる機構獣をハンターが的確に撃ち抜き、接近を阻止し続ける。

 「こっちは無事に終われそうだな!」「ああ、内部の連中のおかげだろうよ!」思いのほか少ない敵にハンターたちが言葉を交わす。 

 準備を終えた馬車が一台、また一台と退却を開始する。

 アレンは残る馬車へと振り返る。目に入ったのは一番後方に停まった馬車で作業をしているダーレスと護衛役の男たちの姿。人手が足りていないのかとアレンが駆け寄るが――

「こっちはいい! ワシがやる! アレン、お前は他の車体を手伝え!」

 ダーレスが怒鳴るように言った。

 アレンは頷き、すぐさま手近な馬車へと向かい、スコップを手に取った。


 丁字路に差し掛かり、ディーンは振り向いてホークを見る。

 正面へと延びる道は瓦礫に埋もれており、進めるのは左手のみだ。鏡を取り出しその先を探ると今までより広めの通路が続く。その突き当りには豪奢な装飾の施された扉。

 どうやら――ここが神殿の最奥。ディーン達の目的地という事になるようだ。

「さて、ようやく女王さまと謁見か?」

 危険のないことを確認し、扉へと向かいながらホークが弾を込める。

 ディーンがノブに手を掛け――互いに目で合図を送る。扉を開けると――

 予想に反し、明るく開けた空間が現れた。

 射しこむ光に目を細め、ゆっくりと中に入り周囲を伺う。

 美しく光沢を放つ大理石で作られた壁。天井にはめ込まれた巨大なステンドグラスが彩色に輝き、白い床を柔らかに彩っている。壁際には石台に乗った彫刻品の数々が並び、正面の階段の先には祭壇が広がっていた。その奥に佇むのは半ば朽ちた女神像だ。

「なんだ……? おいおい、まさか親玉が居るのはここじゃなかったってオチじゃないだろうな!?」

 機構獣一匹いない。穏やかな空間を見回してホークが声をあげる。

「いや――ここでビンゴのようだぜ」

 祭壇に上ったディーンが‘下’を見ながら言う。

 ホークが駆け寄ると、そこには地中へと延びる大きな穴が開いていた。

「神殿の下に作った隠し部屋さ。機構獣製造の為の、な」

 ディーンは手すりを掴み、底へと続く階段に足を延ばす。

 …………

 壁に沿って張られた螺旋階段を踏みしめ、二人は下へと向かう。

 先ほどまでの石造りの神殿とは対照的な、金属製の壁に覆われた空間。階段に沿って並ぶ無数の楕円形の突起が青白く輝き、ぼんやりと足元を照らす。硬く無機質な足音が不気味に反響し、この空間の異様さを際立たせていた。

 やがて奈落の底へと辿り着き――

「やれやれ、随分と面倒掛けさせてくれたな。ようやく会えて嬉しいぜ」

 ディーンが暗闇に向かって言い放つ。

 闇が蠢き――光が灯った。同時にそれが壁全体に幾何学の血脈のように走り、辺りを青白く染め上げる。

 浮かび上がったのは、これまで目にしてきた個体の数倍の体躯を持つ蟻の凶獣。

 王冠のように隆起した頭部に巨大な眼を不気味に輝かせ、首狩り鎌のような牙を剥く。

 胸部左右に備えた連装機銃から伸びる四門の銃口。

 巨大な腹部は壁と一体化し、青白い光を送り続けている。

 まったく――女王と呼ぶに相応しい化物だ。

「お前さんが帝国の女王さまってわけかい? 正直、好みのタイプじゃないが……お相手願うとしようか――」

 ホークが銃を抜き、一歩踏み出す。

 機構獣の髭が触手のように蠢き、目の前の輝石を摘み上げ口へと運んだ。恐らくは隊商の人間から作られた核石の元か。

 鈍い音を立てて石が噛み砕かれ、青白い粒子が舞う。女王の外殻から強い光が漏れ――繋がった壁へと流れ込む。周囲に走る幾何学の紋様が一層輝きを増した。水流のように流れた輝きが楕円形の物体へと吸い込まれていき――

「おいおい、まさか――」

 上を見上げ、光の行方を追っていたホークが漏らす。

 次の瞬間、壁の突起が一斉に反転。数多の機構獣が生み落とされる。階段を埋め尽くし迫りくる獣の群れ。

「女王さまには護衛がつきものってか。やっぱ簡単にはお近づきになれそうもないな」

 ホークは階段へと向き直り、溜息をついた。

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