◆第四章◆ 存在意義 -レゾンデートル-(7)

 激しさを増す国々の戦いに、大地は枯れ、水は濁り、天は黒く染まりました。

 地上には機械の獣が溢れ、国を捨ててなお、人々はその脅威に晒されました。

 魔女の遺産。その過ぎた力が邪な心を生み出し、人に罪を重ねさせ、平和を蝕んでいったのです。


 これを憂い、世界に平和を取り戻そうと立ち上がった者がいました。

 アーガル王国を統治していたヴァルハ王です。

 王は軍を率いて、人々を救うべく各地へと転戦の旅に出ることを決意します。


 ヴァルハ王は機構獣を駆逐し、人々の土地を取り返していきました。

 勇気ある行動に人々は感謝と敬意を表し、王を讃えました。

 ヴァルハの名は救世主として世界に知れ渡ることとなったのです。

 いつしか――王家の旗は国境を超えて、平和を望み、機構獣に立ち向かう者たちの象徴となっていました。


 …………

 朗読をするエレナの声はいつになく静かで、だがしっかりとした口調だった。

 テーブルを囲む子供たちは真剣な表情で話に聞き入っている。

 打ち合わせを終えたディーンとエマは、少し離れた席からその様子を見つめていた。

 ――と。教会の鐘の音が届き、少し遅れて壁掛け時計が低い音で鳴る。

「さあ、みんな。今日はここまでよ」

 エレナが開いたままの本を伏せてテーブルに置いた。

 子供たちも事情を知ってか、不満を漏らす事なく素直に応じて席を立ち、ラウンジを後にする。

「時間だな。行くか。――エマはどうする?」

 子供たちが宿から出て行ったのを見届け、ディーンが立ち上がる。

「私は……ここで待っています」

「そう。それじゃ、留守番お願いね。――行きましょう、ディーンさん」

 エマにそう答えながら、エレナも立ち上がった。

 …………

 枝葉が風に吹かれ、オリーブの大樹の影が揺れる。

 木陰にはダーレスを中心に、自警団の志願者たちが集まっていた。

 人数はざっと三十人弱。見たところ大半は街で店を営んでいる者だ。荷の回収に前向きな面々が集まったという感じだろう。その中にはもちろんアレンの姿もある。

 その他はいかにも用心棒といった風貌の男たち。こっちはダーレスが集めた護衛役か。そこそこに腕はたちそうではある。いささかガラが悪いのが気になるが……。

 エレナは少し離れた場所からそんな一団の中に紛れたアレンを心配そうに見つめている。

「……ま、予想はしてたが、こんなもんだろうな」

 ディーンは集まったメンバーを一通り眺め、ホークに声を掛ける。

「いや――むしろよく集まったほうじゃないか。これなら隊商の回収だけならどうにかなるだろう」

 ホークが小声で返した。

「皆、よくぞ集まってくれた。協力感謝する。勇気ある諸君らと共にあることを本官は誇りに思う」

 頃合いとみたか、ダーレスが持参した木箱の上に立つ。

「我々の任務は隊商の救助である。本官の調査によると、一団は荷を残し消息不明。現場の状況から、機構獣に襲われたものと推測している」

 さも自分が調べてきたかのように語るダーレス。ディーンは半眼になる。

「正直、不安は拭いきれぬだろう。だが安全は本官が保証する。安心して任務にあたってほしい。この通り――本官の考えに賛同し、心強い味方も護衛を申し出てくれた」

 人垣から頭一つ抜けたダーレスが、そう言って掲げるように腕を伸ばす。一斉に全員が振り返り、視線がディーンとホークに集まった。

 ……へ? どうにも話が都合よく捻じ曲げられているような……。

 もともとは違法ギリギリのダーレスの依頼に始まった一件だ。

 それも隊商の捜索と原因調査までが仕事だったはずが、うやむやのままにここまで付き合わされているに過ぎない。間違ってもダーレスに賛同などしていないのだが。

 それどころかまるでこちらが有志で手を貸しているかのような振る舞いだ。なし崩し的に依頼料も踏み倒す気じゃなかろうかと心配にすらなる。

「回収が終われば報酬はちゃんと払う。余計な事は言わず――今回はワシの護衛に専念しろ。機構獣の事は後日、好きにすればよかろう」

 ダーレスは近づいてくると小声で言った。

 ディーンを看板として掲げ自警団の面々を安心させ、さらに自分の護衛を務めさせる――報酬を支払わずここまで同行させたのはそういうことか。

 完全に自分の事しか考えていない。

 ディーンは頬をひくつかせながらホークを見る。ホークは顔をしかめて目を逸らした。

「あ……あの、ダーレスさん。ディーンさんたちは元凶の機構獣を倒すのが目的なんです。僕は少しでもその力になりたくて自警団に志願したんです。だからせめて僕ら三人だけでも別働隊として――」

 訴えるアレンをダーレスが一瞥する。

「ならん。あくまでも我々の目的は隊商の荷物を回収すること。機構獣の事は上に報告済みだ。あとは国とハンターに任せておけばよい」

「……だったら、任せてもらおうじゃねえか」

 ふいに割って入る声。そこには――

「待たせたな、姉ちゃん。ちぃとばかり時間がかかっちまった」

 一〇〇人は下らないだろうか。広場を埋め尽くさんばかりの男を引きつれ、あのハンターの男が立っていた。

「アンタ……こいつは、一体――」

 思いもよらぬ光景にディーンが目を見開く。

「誰が手を貸さないと言った? 機構獣の脅威に立ち向かう。それが――ハンターの存在意義だ。言っただろう、俺たちの出番だ、とな」

「皆さん、街を守る為に――全員で近隣の仲間に協力を呼びかけてくれてたんですよ」

 そう言って現れたのはギルドの受付嬢だ。

「それと……こっちの準備もバッチリだ」

 男の合図と共に、数人の男が荷車を引いて現れる。そこには銃火器と弾薬が山積みにされていた。

「おいおい――こりゃあ一体……」

 今度はホークが驚きの声をあげる。

「ギルドの倉庫にあった‘余分な’在庫です。何故か余っちゃってたんですよねー。書類上は合ってるはずなのに」

 そう言うと受付の娘は悪戯っぽく笑った。

「……ふん。ま……ようやくこの姉ちゃんも大人になったってこった」

「その節は勉強になりました。ホークさん」

 あの時に受付に積まれていた書類の山は――本部に提出前の報告書か。

 支給した備品を全て、ばれない程度にかさ増しして改ざんしたのだろう。口で言うのは容易いが、膨大な作業量だったはずだ。

 それを物語るかのように、彼女の目の下にはうっすらとクマができている。

「すまねぇ。――恩に着る」

 ディーンが集まった全員の顔を見る。

「よ……よし、それなら万全だ! 機構獣討伐も任務に加え、本官が責任をもって指揮を執ろう! 頼むぞ、皆――」

 手柄を立てる好機と見たか、態度を急変させてダーレスが声をあげるが――

「待ちな。俺たちは自警団じゃねえ。機構獣から街を救う事が目的の別組織だ。指揮は――ディーン、だったな。あんたに任せる」

 ハンターの男がそれを遮った。そしてギルドの旗章を掲げる。

「な……何だと、まっ、待て……それはワシが……」

「ハンターは‘専門性の高い’仕事だったよな。なら口出し無用だぜ、保安官」

 食い下がるダーレスにディーンはそう言って肩を叩いた。

 ――――。

 遠くから人々の雄叫びに近い歓声が上がった気がした。

 誰もいないラウンジに一人。

 エマはテーブルに伏せられていた本を手に取り、ページをめくる。

 …………


 ヴァルハ王を求める声は世界中に広がりました。

 それは砂漠に広がる国、戦争を引き起こした国の一つ――ミルドガル帝国も例外ではありませんでした。

 国を支配する女帝オルムは力を求める余り、ついには国の民の命をも奪い、機構獣に変えていたのです。


 その恐ろしさに重臣たちは震え、民と共に一つの結論を出しました。

 ヴァルハ王と共に女帝オルム倒し、戦争を終わらせることです。


 雄鹿に雄山羊、聖樹を象ったヴァルハ王家の旗が掲げられました。

 自分たちの国を、自分の大切な人を守るため、人々は戦う事を決意したのです。

 決戦のときが、近づいていました。

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