◆第四章◆ 存在意義 -レゾンデートル-(5)

 日が沈み、街はガス灯のおぼろげな灯りに染まる。

 溢れるほどの星辰が瞬く夜空とは対照的に、この時間になっても客足はなく酒場は貸切状態だった。ディーンがカウンターに肘をつき、ビールを煽る。隣りではホークが葉巻を咥え、立ち上る紫煙をぼんやりと見つめていた。ホセは黙々とグラスを磨き、特にやることもないアレンは居心地が悪そうに立ち尽くしている。

「……お客さん、来ませんね」

「ハンターどもは消え失せてギルドはもぬけの殻。そんな中で自警団結成の話とくりゃ、みんな気が気じゃねぇだろうよ。無理もねえ」

 手を休めることなく、ホセはアレンを見る。

「ですよね……。行政の方から褒賞金とか出ないんですかね? そうすればハンターの協力も得られるのに」

 アレンが当然の意見を言うが、ホークは首を振る。

「オレもそいつは提案したんだがな、地方保安局でそこまでの金を簡単には動かせんとさ。ダーレス自身も今回は隊商の回収が出来ればよしと考えてるらしい」

「機構獣の件は先送り。報告だけ上げておいて連邦保安局の役人任せってわけか。事態が深刻化する前にお国が手をうってくれればいいがな」

 顎に手を当てホセが唸る。

「アテのわからないものを待ってたってしょうがねぇ。アタシがやるさ」

 ディーンがジョッキを置く。

「とは言ってもだな。何かいい手はあるのか? ダーレスの呼びかけで集まる面子だって、どれほどのものか怪しいもんだぞ」

「自警団とその護衛は隊商の回収に専念してもらうさ。突入はアタシ一人でいい。援護は――ホーク、アンタに頼みたい」

「無茶苦茶だ。よっぽど二人で突入した方がマシだろ」

 さすがにホークが顔をしかめる。

「いや――それだと建物内で常に挟み撃ちの危険が付きまとうし、退路の確保も難しくなる。後方支援は絶対に必要だ」

「なら尚更、慎重を期すべきじゃないのか。今回は隊商の回収に徹して、国が動くのを――然るべき時を待つってのは駄目なのか?」

「その然るべき時ってのは一体いつなんだ? それまでに誰も犠牲にならない保証はどこにある?」

 機構獣の脅威が表面化してからでは遅い。最初に犠牲になるのはこの街だ。だが機構獣の数が膨れ上がる前なら、まだ手の打ちようがある。

「今なら間に合う。だったら、然るべき時は――今だ。アタシはそう思う」

 ディーンは全員の顔を見回す。青い瞳が強く輝いて見えた。

 しばしの沈黙。

「僕も――そう思います。誰かを頼って待ってるだけじゃ、取り返しのつかない事になるかもしれない」

 アレンが口を開いた。

「自分たちの街は……自分たちで守らなくちゃいけない。そのチャンスを逃して、大切なものを失ってから後悔したくはありません」

 ディーンの言う通り、機構獣の数が膨れ上がる前の今なら手の打ちようがあるのであれば。

 街を、そしてエレナを――最愛の女性ひとを守れるのであれば。

 迷う理由などない。今が――決断すべき時だ。

「――僕も行きます。ディーンさん、一緒に守らせてください。大切なものを」

 顔を上げ、ディーンを見る。アレンの思わぬ言葉にホセが向き直る。

「アレン! お前……そんな真似してエレナが何て言うと――」

「すみません、親方。でも、もう決めた事です。エレナにはきちんと話します」

「なら……俺も行く! お前だけを矢面に立たせるわけにはいかねぇ」

 アレンは首を振る。

「親方は留守を頼みます。もしもの時……街を、店を――エレナを守ってください」

 アレンの真直ぐとした視線に、ホセは黙っていたが――

「本気――なんだな?」

 アレンは黙って頷く。

「――わかった。男の決断に……口出しするほど野暮じゃねえ。こっちは任せて行って来い。だが、エレナを悲しませるようなマネは許さねえ。ちゃんと帰ってこい」

「はい、もちろんです、親方……!」

 …………

「二人とも、くれぐれもアレンを頼む」

 ディーンとホークを見て、ホセが頭を下げる。

「よせよ。未来の店主は必ず無事に連れて帰る。安心しな。なにせ――酒場がなくなっちまったらアタシが困る」

「ははっ――そいつを聞いてオレも安心したぜ。お前さんも無謀じゃなく、勝算あっての判断だって事が証明されてな」

 ホークが肩をすくめてみせた。

「当たり前だろ? アタシが居なくなったら、誰がこの世界を機構獣から守るってんだ?」

 ディーンは大仰に親指で自分を指すと、にやりと笑う。

「そうと決まりゃ、一発景気づけというこや。俺の奢りだ」

 ジョッキのぶつかり合う音が響き渡る。月明かりを浴び、琥珀色の液体がきらきらと輝いていた。

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