◆第四章◆ 存在意義 -レゾンデートル-(4)
昼過ぎの街並みはいつもと同じ表情を見せ、活気に満ち溢れていた。ディーンとホークは肩を並べ通りを進む。
「惜しいな。お姫様と散歩と洒落こめるチャンスを、みすみす逃しちまったのは」
ホークがまんざらでもない様子で呟く。
宿での一件の後。二階に上がったディーンは自前の服に着替えを済ませ、いつも通りの出で立ちでラウンジに戻ってきた。
白マントにワイルドなデニムのインナー。後ろで束ねた緋色の髪。これはこれで彼女らしい魅力があるのだが、男心としてはドレスを纏った清廉な姿も捨てがたいものがあった。
とはいえ、ドレス姿で腰に銃をぶら下げて歩くわけにもいかないだろう。致し方なしである。
「……くどいぜ、ホーク」
「へいへい……」
きっ、とディーンに睨まれホークは力なく返答する。
「それで、報告のほうはどうなった?」
ディーンは腕を組み、ホークの顔を見上げる。
「大体の事はダーレスに伝えた。無人の隊商のこと、遺跡のこと、そして機構獣のこともな」
「で? 機構獣の件はおいといて……仕事としちゃ一旦終わったのか?」
「――いいや、報酬はまだ受け取れていない」
ホークは首を振った。ディーンは無言で先を促す。
「これを踏まえて今度は隊商の――荷物の回収に乗りだすそうだ。ぼちぼち話が知れ渡る頃だろうが、その為に有志を募って自警団を結成するとさ」
「だからまだ仕事は終わりじゃない。アタシらも付き合え、ってわけか」
「そういうことだ。どのみちオレたちはもう一度あそこに行くわけだしな。この際、反論はしないでおいた」
道幅が広くなり、街の中心に差し掛かる。広場の一角に人だかりが出来ているのが目に入った。よく見るとダーレスが身振り手振りを交え、一席ぶっている。
ここからでは正確な内容までは聞き取れないが、その様子から隊商失踪の原因を突き止めたことを得意げに語った上で、自警団の志願者を募っているようだ。
この街に一人しかしない――故に一番の保安官を一瞥し、ディーンは十字路を東に進む。
「自警団ってことは……つまり住人だよな。万が一の時、機構獣と対峙するには無理があるんじゃないか?」
「ダーレスのツテで余所からも腕利きを集めるそうだ。ま、それをアテにし過ぎるのも問題だとは思うが。なんにせよ、回収中の護衛は出来ても突入となると話は別だろう」
ディーンが歩調を少し上げ、マントが揺れる。
「じゃ――結局、あそこに行くしかないってわけだ」
…………
普段であればハンターたちで溢れ、騒がしいギルドの中はいつになく静かだった。
様子がおかしい。人気の少ないロビーを進み、ディーンは一人のハンターに話しかける。
「今日は随分と空いてるな。とっておきの話を持ってきたってのに。アンタのお仲間の姿も見えねぇが、どうかしたかい?」
「――お前か。話ってのは隊商を襲った機構獣の事だろ? 俺たちだってそれなりに耳は早い、知ってるさ」
彼は報奨金の事で揉めたグループの一人。リーダー格の男だ。
「遺跡に出現した機構獣の群れ。親玉を叩かない限り幾らでも湧いてくる、だからお前らがそれを始末する為に突入する。だがそれには援護が必要――つまり、俺たちの出番だ」
「話が早くて助かるぜ。それと荷物の回収の為に自警団が結成される。その護衛も兼ねて同行を願いたいってわけさ」
「……その件で一悶着あったところだ。おかげでこの有様よ」
男は腕を振り、ほとんど人のいない室内を仰いで見せた。
「おいおい、まさか数の多さにビビったってんじゃないよな」
「馬鹿言え。どいつも長い事こんな稼業でやってんだ。そんな事ぁねぇよ」
「じゃあ何だってんだ? 機構獣を好きなだけ狩り放題だ。危険がないとは言わねぇが、個々は大した相手じゃない。ボロい儲け話だろ?」
「……それはそこの姉ちゃんに聞きな」
男はカウンターを顎で指す。ディーンが向き直ると、書類の山に囲まれた受付の娘が神妙な面持ちで口を開いた。
「実はですね……街から離れていたり、行路を大きく外れた場所は人々に危険が及ぶことはないとみなされていて、機構獣を倒してもギルドから功労金は……支払われないんです」
「は? そ……そんな馬鹿な話があるか! 既に隊商が被害に遭って、このまま放って置くのは危険だとわかってるのにか!?」
「私だって馬鹿げてると思ってます! でも――でもそれが規則なんです! 本部の調査が終わって認可されない限りはどうしようもないんですよ!」
思わず声を荒げたディーンに対し、彼女もまた感情を剥き出しにして答えた。わずかに瞳が揺らいでいる。
「なら! すぐに本部を呼んで調査を――」
ディーンは身を乗りだすが――ホークがディーンの肩に手を置き、黙って首を振る。
それがこの数日の内に終わることなどない。容易に推測できる。
ギルドの一員として職責を全うしているのにも関わらず、それ故に機構獣に立ち向かう者の力になれない。その矛盾に悔しさを滲ませ、受付の娘は顔を伏せた。
纏わりつくような、重苦しい静寂。
「――怒鳴って……悪かった。機構獣はアタシらで何とかする。邪魔したな」
そう言い残すと、ディーンはロビーを引き返し扉を開ける。
逆光の中に消えていく二人の姿。受付の娘は不安げな表情でその背を見つめていた。
「気にするな。放っておけ」
ハンターの男は静かにそう言った。
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