◆第四章◆ 存在意義 -レゾンデートル-(2)

 宿の客室は全て二階にあり、一階はラウンジや浴室などの共同施設とオーナーであるブラウン家の自宅となっている。自室を後にし、ディーンは廊下を進む。階段を下りていくと、カウンターのエレナと目が合った。

「おはようございます、ディーンさん。大分お疲れだったみたいですけど、大丈夫ですか?」

「ああ、よく眠れたよ。今朝がたはあんな時間に起こしてすまなかったな。だが、おかげでこの通りさ」

 思わず漏れそうになる欠伸を噛み殺してディーンは笑って見せた。

「ふふ、ミドガ一番の宿の面目が保てて何よりです。でも、その様子じゃまだお布団に未練があるみたいですね」

 眠気を隠し切れていないディーンを見て、エレナはくすりと微笑む。

「ははっ、一番の宿の主人は客の心もお見通しだな。ホントは夜までだらだらして、酒でも飲んで過ごしたい気分さ」

「でしたら、熱いシャワーでもいかがですか? 少しは眠気も取れるかもしれませんよ」

「そうだな、じゃあ頼めるか。準備ができたら――」

「ええ、もう準備出来てます。そろそろ起きられる頃だと思ってボイラーに火を入れておきましたから」

 言葉を待たずにエレナが言った。少し得意げな表情でディーンを見る。

「いやはや……恐れ入ったぜ。本当になんでもお見通しってわけかい」

 女主人の鮮やかな差配に感服してディーンは腕を開いて見せた。

 …………

 カウンターを挟んでラウンジと反対側に伸びる廊下の奥。エレナの部屋と物置部屋を通り過ぎた先にそれはある。

 ディーンは着のままにそこへ直行すると、脱衣所で服を脱ぎ浴室に入った。

 擦りガラスの窓から射し込む光で思いのほか室内は明るい。中央に一槽の乳白色のバスタブが置かれ、天井にはシャワーヘッドへと続く水管が張られている。

 壁越しに響くボイラーの駆動音を聞きながら、腰ぐらいの高さにある水栓を捻る。やや間をおいて、シャワーから温水が降り注ぎ、全身を濡らした。

 頭から首筋を伝い、鎖骨のくぼみで水たまりとなってから溢れ出す。きめ細やかな肌を撫で、身体の曲線をなぞって滴り落ちた。

 バスタブから湯気が沸き立ち、壁に張られた鏡を白く覆い尽くしていく。熱めのお湯と共に、身体の芯の疲れが流れ落ちていく気がした。

 髪を指で梳かすように洗い、曇った鏡を手のひらで軽くこする。

 ほどいた髪をよく見ると、大半が緋色に焼けてしまっている中にも、わずかながら本来の黄金色を保っている部分があった。

 自分でも意外な発見に、懐かしさに似た感覚を覚えてディーンは自嘲気味に口を歪めた。

 ――と。ノックの後に脱衣所のドアが開く音。

「ディーンさん、お湯のお加減いかがですか?」

 浴室の扉の向こうからエレナの声がした。

「ばっちりだ。主人の手際の良さに、せっかくの眠気も消えちまったぜ。誘惑に負けてだらだらと余生を過ごす計画もおじゃんだ」

 ディーンは冗談交じりに返す。

「それは失礼いたしました。ええとタオル、置いておきますね。あと私のですけど着替えの服も用意したので良かったら使ってください」

 楽しげにエレナも答え、棚に服とタオルを置く。ふと、ディーンの脱ぎ捨てた服の上に乗っているペンダントが目に入った。

「……? ディーンさん、ギルドには加盟してないって言っていたけれど――関わりがあったのかしら……?」

 ギルドの紋章を模ったそれを見て、エレナは不思議そうに首を傾げた。

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