◆第三章◆ 遺されしもの(8)

「最短距離はこれだな」

 ミドガへと続く行路を進みながら、地図を片手にしたホークが言う。

 まずは砂漠地帯をルート通りに引き返す。次に岩盤地帯に入ったところで、行路を外れ南南西に進路変更。その先の岩山を超えればミドガの街だ。

「どれぐらいでいけそうだ?」

「山越えは一気にやるとして――小休憩を入れても夜明け前くらいには辿り着けそうだな」

 通常では考えられない行程。満足な野営地も確保できない山を抜けるなど、自殺行為と言ってもいい。だからこそ行路は山を迂回するように敷かれている。それにも関わらず躊躇いなくその決断が出来るのは、ニールとシルビアの飛び抜けた走力があってこそだ。

「なあ、なぜそんなに急ぐんだ? 確かにエマの事を思えば、わからなくはないが……」

 砂漠で数日を過ごしていた事を含め、まだ十代半ばといった年頃のエマの体力を考慮すると野営は極力避けたいところだ。その理屈は理解できる。

 しかし、ディーンが帰還を急ぐ理由はそれだけではない気がした。もっと何か逼迫した事情があっての行動のように見える。

「あの機構獣の群れだ。あれの対策を練らないとまずい事になる」

 ニールの足を遅らせる事なく、正面を見据えたままディーンが口を開く。

「機構獣の動力の源が何か――知ってるか?」

「動力源? そりゃ――核石だろ? それくらい子供だって知ってる」

「そうだ。じゃあその核石の源は?」

 いまひとつ先の見えないディーンの問いにホークが首を傾げる。

「噂でも、都市伝説でもなんでもいい。耳に挟んだことくらいないか? 機構獣の核石の源は――魂。生物の命だ」

「魂――だって? おいおい、そんなバカな話が――」

 ホークが苦笑気味にディーンの横顔を覗くが、ディーンは表情一つ変えることなく続ける。

「まあ、にわかには信じ難いだろうな。実際にその目で見ない限りは、な」

 目線だけ動かし、ディーンはホークを見つめる。

「お前さんはそれを見たことがある、と――わかった。続けてくれ」

 ディーンの真剣な表情に、ホークは話の先を促す。

「生命を――魂を結晶化したもの。それが核石だ。一部の機構獣はそれを作りだす能力を持っている。最も簡単に魂を得る方法は、肉体から強引に切り離す事。つまり――殺す事だ。普通、切り離された魂は霧散しちまうが、それを吸収して結晶に変えているのさ」

「なるほど。エマが見た、人から湧き出した虹のような霧が宝石になった、ってのがそれってわけか。――で? その石コロはどうなる」

 エマの証言と相まって信憑性を帯びてきた話に、ホークが顎に手を当てる。

「この機能を持っている機構獣には‘親’がいるのさ」

「‘親’だって? そいつはつまり――」

「ああ。機構獣を産みだす機構獣ってことだ。外殻や機構で造った躰に核石を埋め込んで――な」

 かつての戦いにおいて、最もタチが悪いと言われた自己増殖が可能な機構獣。

 無限に生命を喰らい増え続け、終いには軍勢となり一帯を侵食していく悪辣さは人々を大いに苦しめたと伝えられる。その繁殖の勢いは凄まじく、時には核石ですらその標的とし、他の機構獣をも襲うほどだったという。

「なんだって!? ってことは、あの機構獣はこのまま増え続けるってことか!?」

「――そうなる。核石がある限りは、な」

「それにしたって、隊商の面子はせいぜい十数人ってところだ。そこまで大量の機構獣を造れるものなのか?」

「追ってきた一体が他の機構獣に喰われてたろ。核石の光を見たがアタシの見立てじゃ、大した量は使われてなかった。あの分なら、人ひとりの魂から軽く数百体は産みだせるだろうよ」

 ディーンの口から出た数字にホークが目を見開く。それはつまり既に千を超える軍勢を産みだせる状況にあるということだ。

 機構獣の個の能力は大したものでは無かったが、先ほどの交戦においても数の力に押され退却を迫られたのは事実だ。今でこそ遺跡周辺で収まっているようだが、このまま放って置けば活動範囲を広げ、行路を行き交う旅人や行商人が犠牲となるだろう。

 以降もネズミ算式に数を増やすとなれば、いずれは砂漠を埋め尽くし――ついには街にまでその脅威が及ぶことは想像に難くない。

「お前さんの読み通りとなると、そいつはかなりヤバいな。一旦退却したって事は何か考えがあるんだろ。どうする?」

「手が付けられなくなる前に‘親’を叩く。それしかない。遺跡の中に居るはずだ。だが――さすがに二人じゃ無謀だ。突入の援護が要る」

 ディーンが叫ぶように答え、さらに力強くニールを駆る。

「はっ……。こいつは大事になってきやがった――飛ばすぜ、シルビア!」

 二人は行路を外れ、岩肌をさらけ出した山岳へと向かう。

 太陽は隆起した大地の彼方へと飲まれ、夕闇が天を覆い始めていた。

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