◆第三章◆ 遺されしもの(6)

「あ……貴方たちは……?」

 戸惑いつつも、少女はしっかりとした声でそう言った。

 緩やかにカールを巻いた淡い金髪に、怯えた表情を浮かべていながらも気品を感じさせる顔立ち。古めかしいデザインのワンピースから覗くのは、透き通るような色白の肌。

 その容姿や細かな仕草が育ちの良さを匂わせる美しい少女だ。年の頃は――思春期。十代半ばといったところか。

「あ、ああ。オレたちは――隊商を探しに来た、いうなれば救助隊だ。怪しい者じゃない。驚かせてすまなかった。安心してくれ」

 ホークが答え、二人は少女に向けていた銃を収める。

 だが、それでも少女は警戒を緩める様子はなく、馬車の傍から離れようとはしない。

「君は隊商の一員か? 一体何があった? 他の人間は――」

「ちょっと待て、ホーク」

 ディーンがあることに気づき、言葉を遮る。

 少女の手首に嵌められた金属。腕輪と言うには味気のない造りに、そこからぶら下がる一本の鎖。よもや装飾品であるはずもない。それは――鎖が千切れた手枷だった。

「ディーン、こいつは……」

「ああ、どうやら訳ありの一行だったようだな。――大丈夫だ、アタシらは隊商とは関係ない。保安官……の代わりに助けに来た。信じてくれ」

 少女は隊商の一員などではない。恐らくは――積荷の一部。教会の子供たち同様、非人道的な生業の犠牲者だ。どこぞの名家から攫われ、隊商に隠されながら運ばれていた最中といったところだろうか。目的は身代金か、はたまた――

「とりあえず、そいつを外さないとな。良かったら見せてくれないか?」

 ディーンは少女を落ち着かせるよう、努めて穏やかに言った。

 少女は少し考えあぐねているようだったが、小さく頷くとディーンへと歩み寄った。

「鎖は切れているが枷自体は頑丈な造りだな。手荒になるが鍵穴を撃ち抜いてぶっ壊すか……」

 少女の両手首に巻かれた金属をひとしきり眺め、ディーンが拳銃に手を伸ばす。

「いや、オレに任せな。鍵開けなら多少は覚えがある」

 ホークは鍵開け針を取り出すとしゃがみ込んで少女の手首を取り、鍵穴と格闘を始める。

 程なく、かちゃり、と小さな音と共に右手の枷が外れ、砂の上に落ちた。続けてもう片方に取り掛かり、手際よく作業を終える。

「あ……ありがとうございます」

 開放された手首をさすってから、少女が頭を下げた。ようやく表情に和らぎを見せる。

「少しは落ち着いたかい? アタシはディーン。こっちはホークだ」

「私は――エマ。エマ……と言うみたいです」

 少女――エマと名乗った彼女の奇妙な言い回しにディーンとホークが顔を見合わせる。

「……ごめんなさい。おかしなこと言ってますよね、私。実は……自分の事、よく覚えていないんです。ただ、周りの大人は私をそう呼んでいたので……」

 そう言ってエマは表情を曇らせた。

 心的なショックや、誘拐の際に使われる痺れ薬の後遺症で記憶を失う事があると聞く。

 実際、ミドガにも以前の記憶が曖昧だったり欠落している為に、年齢すらわからない子供がいる。

「わかった。エマ、無理はしなくていい。何か覚えていることがあれば話してもらえるか?」

 エマを気遣い、慎重にディーンが訊ねる。

「はい。最初に覚えているのは……真っ暗な暗闇で、目が覚めると――そこは石造りの建物の中でした」

 少し顔を伏せ、記憶を辿るようにエマが口を開く。

「周りには銃を持った大人たちが居て、なんだか凄く楽しげで、賑やかでした。でも――」

 声のトーンを落とし、エマが顔を上げ――

「急に銃声が響いて、同時にあちこちで悲鳴があがったんです。私は何が起こったのかわかりませんでした」

 そう言ってディーンを見つめた。

「それで目を凝らして暗がりをみると――周りにたくさんの蟻の怪物がいたんです。私は必死になって走って逃げました。そして……」

 恐ろしい体験を思い出してか、エマは両腕で自分を抱きかかえるようにして、言葉に詰まる。

「一人、遺跡から抜け出した。その後はこの馬車の中に隠れていた、ってわけか」

「はい……鎖は逃げる途中で、機構獣に襲われかけた時に切れたんだと思います」

 その後は隊商の物資で食い繋ぎ、先ほどディーンたちが馬車の中を確認した時には、毛布にくるまって身を隠していたとの事だった。

 …………

「さて……どう思う? ディーン」

 エマの証言に、しばし黙考していたホークが口を開く。

「表向きは行商人。実態はその裏で密輸に人身売買、遺跡荒らしに手を染めていたギャング団といったところだろうな」

 エマには聞こえないように、少し離れてディーンが小声で答える。

「だな。そしてここで‘仕事’をしている最中に機構獣に襲われた。話を聞く限り、もう生きてはいないだろう。オレたちの役目は生存者の救出と原因の究明だ。ここで一旦、依頼主ダーレスに報告して終いにするか?」

「ああ。だが一つだけ確認しておきたいことがある」

 不思議そうに眉を歪めるホークをよそに、ディーンがエマに訊ねる。

「エマ。辛いことを思い出させるかもしれないが、機構獣に襲われた連中がその後どうなったか……見てないか? 例えば――」

 ディーンが言い終わる前に、エマは詰め寄るようにして叫んだ。

「そう、見た……見たの! 人の体から虹色の湯気のようなものが出て――大きな宝石になるのを!」

 やはり――か。エマの言葉にディーンの表情が険しくなる。

「どうした、ディーン。一体どういうことなんだ?」

 ホークが問いかけたその時、背後から微かに金属音が聞こえた。

 振り返ると、城壁の向こうから無数の機構獣が這い出し、壁を伝ってきている。

「――! ホーク、話は後だ! ひとまずここを離れるぞ!」

 叫ぶと同時、ディーンはエマの手を引いた。三人は愛馬の元へと走り出す。

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