◆第二章◆ イレギュラー(4)

 閑散としていた昼間とはうって変わって、酒場は大盛況だった。

 仕事の上がりの牧夫に、華やかなドレスに身を包んだ若い女、年頃の若者の集団、そしてハンターの男たち。丸テーブルはバルコニーからロフトに至るまでほぼ満席で、様々な層の客が酒を酌み交わし、活気とざわめきで満たされていた。

 そんな店内をディーンは縫うように進み、カウンターへと向かう。

 ちらちらと視線を送ってくる者もいたが、別段、大きな騒ぎが起こることもない。

「おう、あんたか。ようこそ、ミドガ一番の酒場へ」

 オーダーを受け、酒を注いでいたホセが横目でディーンを見る。

「ああ。一杯くれ。あと、こいつはお代だ」

 そう言ってディーンは札束を一つ置く。

「こりゃまた豪快な支払いだな。わかった、先払いとして預かっとくぜ。だが――昼間の分のお代はいらねえ。礼がわりといっちゃなんだが、俺の奢りだ」

 言いながらホセは鮮やかな手捌きで酒瓶を持ち替え、ディーンの前に置いたグラスに酒を注ぐ。

「お父さん、はいこれ。あとお弁当も入れといたから」

「――ん? おお、エレナ。助かった」

 少し遅れてやってきたエレナが、カウンター越しに布を被せたバスケットを差し出した。

 ホセがそれ受け取り、中身を検める。数本のビンに、油紙に包まれたローストビーフのサンドウィッチ。ビンの中身は塩漬けにしたオリーブの実のようだ。

 ホセはビンを取り出すと、てきぱきと小皿に盛りつけ始める。

「――アレン! ロフト席だ」

 やがて、小皿を差し出しながら、忙しく店内を駆けまわり給仕をするアレンにむかって叫んだ。すぐにアレンが料理を受け取りにカウンターへと駆け寄る。

「あっ……エレナ!」

「お疲れさま、アレン。今日はサンドウィッチ作ってきたから、休憩のときにでも食べてね」

 エレナの姿に、アレンの顔に笑みがこぼれる。

「いつもありがとう。おかげで仕事も頑張れるよ。エレナが心を込めて作ってくれているのもあるけど、本当に味も最高だよ。有名店並みさ」

「もう。アレンったら。お世辞が過ぎるわよ」

 エレナは困ったように言いながらも、笑顔を返す。

「アレン! ほら、さっさと持っていかねえか!」

 二人のやりとりに、業を煮やした様子でホセが割って入る。

 皿を受け取り、小走りで階段を上っていくアレン。ロフトへと着き、もう一度こちらを見たアレンにエレナは軽く手を振って微笑み返す。

 グラスを傾けながら、ディーンはそんな二人の様子を眺めていた。

 正面のホセはというと、察するに心中穏やかではなさそうだ。軋み音を上げるほどの勢いでグラスを磨いている。

 ディーンは空になったグラスを置く。

「ディーンさん、もしよろしければ続きは宿でいかがですか? 夕食もご用意しますし。……お酒はこの店から好きなものを持って来てもらって構いませんから。ね? お父さん」

「ん……ああ。構わねえぞ。好きなのを持っていきな」

「そうかい。なら、お言葉に甘えるとするか。じゃあ――」

 早速ディーンはカウンターの裏に並ぶ酒瓶に視線を巡らせる。

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