◆第二章◆ イレギュラー(5)

 テーブルの上には赤ワインとウイスキーの瓶が二本ずつ、それとウォッカが一本。

 既にワインとウイスキーの一本は空だ。

 食後の余韻に浸りながら、ディーンはウォッカで満たされたグラスに口をつける。

 振る舞われたのは、コーンをミルクで溶いたクリーミィな舌触りのスープ、この地域では貴重な香草のサラダ、メインディッシュは黒胡椒の利いたローストビーフ。そして食欲をそそられる窯焼きのパン。どれをとっても満足のいく逸品揃いだった。アレン曰く、エレナの料理が有名店並みというのは、あながち間違いではないかもしれない。

 ディーンは食後に出されたオリーブの塩漬けを摘まむ。酸味と塩味、オリーブの風味が混じりあい、濃厚でさっぱりとした味わいが舌の上で踊る。

「いかがですか? それ、お父さんのお店でも人気のおつまみなんですよ」

 洗い物を済ませたエレナがラウンジに現れる。

「なるほど、こりゃ酒がすすむ。店も繁盛するわけだな」

「ええ。これもあのオリーブの木のおかげですね。ほんとに助かってます」

 エレナはホットミルクの入ったカップを置くと、ディーンと同じテーブルに座る。

「親父さん、随分とあの店に思い入れがあるみたいだな」

 エレナの顔を見ながらディーンが言った。

「あの店は、母方の祖父から継いだものなんです。父は一生、母と店を守っていくと誓って、やっと結婚を許されたそうです」

 ふうふうと息をかけ、エレナは熱いミルクに口をつける。

「でも――母はわたしが小さい頃に病で亡くなってしまいましたから。だから尚更、お店への思い入れが強いんだと思います」

 ほっ、と息をつきエレナは穏やかな表情でそう続けた。

 自分を産んだ後、程なくして他界した母。そして誓いを貫いた父。自身と似た境遇にディーンは既視感を覚える。

「――大切な場所、なんだな」

「ええ。だからこれからもお父さんとわたしと、アレンでがんばっていかないといけませんね」

「そうだな。で、今は――アレンって言ったか、アイツが親父さんに試されてるってわけかい」

 ディーンはにやりと笑う。

「えっ!? も、もうディーンさんったら……やっぱり、バレちゃうものなんですね」

「いやいやいや……あの様子を見せられて、わからないほうがどうかしてるだろ?」

 顔を赤く染めて狼狽するエレナに、ディーンがさすがに苦笑する。

「アレンはとても優しいし、真面目なんですけど。少し気弱なところがあるでしょ? だから、お父さんがなかなかアレンを認めてくれなくて。‘俺が結婚した頃は、もっと頼りがいのある男だった’って」

「なるほどな。アレンがあの親父さんを納得させるには、まだまだかかりそうだな」

「ええ、ほんとに。何かきっかけがあればいいんですけど。まあ――気長に待ちますよ。子供たちと過ごす時間がとれる今の生活も好きですし」

 エレナはカップを両手で包み込み、その温もりに浸る。

「教会の子だって言ってたな。ってことは……」

「あの子たちは身寄りがないんです。数年前まではこの街の周辺も治安が不安定で、ギャングによる密売が横行してました。そして――」

「――密売の対象は物だけとは限らない、か」

 エレナに先を言わせずに、ディーンは目を伏せる。

「でも、あの子たちはそんな境遇にも挫けず一生懸命生きてます。わたしは彼らにこの街で少しでも笑って育ってもらいたい。その為に少しでも役に立てればと、そう思ってるんです」

 エレナは少し悲しげに、でもしっかりと笑ってみせた。それは理不尽に屈せずに生きる子供たちへの敬意と、彼女の強い意志の現れなのだろう。

 ディーンは顔を上げ、エレナに向かって頷いて見せた。

 …………

 しばらく会話を楽しんでいるうちに、すっかり夜も更けてきた。ディーンが最後の一杯となるウォッカを注ぎ終わる。

「それにしても子供たちから話を聞いたときは驚きましたよ。ディーンさんが凄腕のハンターだったなんて」

 ぬるくなったミルクを一口飲み、エレナが感嘆の息を漏らす。

「ギルドには加盟してないからな。ハンターと言っていいのか……怪しいもんさ」

「どうして加盟しないんですか? 確かに会費はかかりますけど、きっとそのほうが色々便利ですよ」

 エレナは不思議そうに言う。ディーンほどの腕であれば、仕事などいくらでも舞い込むだろう。お金の心配も無縁になるはずだ。宿にしたって各地でギルドの宿舎が提供されるのだから、わざわざこんな安宿を頼る必要もない。旅だってしやすくなる。

「かもな。だが――別に必要なことじゃない。使命の為には」

「使命――ですか? それって一体……?」

 ディーンの横顔を見つめながら、エレナが首を傾げる。

「守ることさ――大切な場所を、な」

 そう答え、ディーンはグラスの中を飲み干した。

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