◆第一章◆ 流浪の女(7)

「こ、これは……やばい! やばいですよ、信じたくないですが、あれは――」

 アレンが愕然とした表情で言いながら――

「あれは……機構獣ですよ! しかも大型の!」

 無意識に数歩、後ずさった。そんなアレンにホセが向き直り、怒鳴るように言う。

「わかってる! 狼狽えるんじゃねえ! アレン、お前は急いで皆に知らせてこい! 保安官とハンターを呼ぶんだ!」

「おっ、親方は――親方はどうするんですか!?」

「俺は店を守る! 守らなきゃならねぇ!」

 ホセはカウンターの裏へ回ると、壁に掛けられていたライフル銃を掴み、テラスへと向かって走る。

 テラスを越え、横に並んで立ったホセをディーンが一瞥する。

 その手に握られているのは、ボルトアクション式のライフル。風味の滲み出た木製のストックから、かなり使い込まれている事が伺えた。

「何の真似だい?」

「決まってる! 守るんだよ、この店をな!」

 言いながらホセはボルトハンドルを引き、長銃に弾薬を込める。

「そいつでか? ――一応、聞いとくが……今までに機構獣を仕留めた事は?」

「…………」

 ディーンの問いに、ホセが口をつぐむ。

「――だろうな。だったら……下がってな。そいつじゃ傷一つ付きゃしねえよ」

 言いながらディーンが右手を腰の後に回す。白いマントの中から再び現れた手の中には――

 鴉のような濡羽色ぬればいろに染まったグリップに、白銀に光を照り返す銃身を備えたセミオートマチックの拳銃が握られていた。

 全長は――ワインのフルボトルほどはあろうか。先端には親指ほどの太さの銃口が覗いている。

「! な――なんだ、その――」

 化物じみた――といっても過言ではないだろう。

 この細身の女が持つには、不釣り合いなほどに無骨で、あまりにも物騒な代物だった。

 その規格外の恐るべき芸術品に、ホセは息を呑む。

「ま……アタシだけの特注品だ。気にするな」

 安全装置セーフティを外し、ディーンは言う。そして――標的へと向かい、歩き出す。

 …………

 街を囲む木柵の手前で、迫る標的を待ち受ける。

 やがて――砂煙が勢いを失っていく。

 砂海を抜け、乾いた大地へと上陸し、鈍い音で地を震わせながら、それは進む。

 距離が近づくにつれ、目に映るその姿が徐々に鮮明になっていく。

 そして――巨体で木柵をなぎ倒し、ついにそれが目の前に現れる。

 全身を覆っているのは黄銅に光を返す外殻。丸太など容易く千切り潰すであろう鉄鋏のような前腕。小屋ほどはあろうかという体躯を支える四対の脚。反り返った背の先から、こちらを見下ろすようにもたげられた多関節の尾。その先端は光を乱反射し、禍々しく鋭い輝きを放っている。

 巨大な鋏に守られた頭部の正面には三対、そして真上には一対。八つの眼があり、外殻の隙間から漏れ出すそれと同様に、鈍く青白い光を灯していた。

 ディーンの前に立ち塞がる蠍の姿形をした、巨大な機械の獣。

 これこそが‘機構獣’――神を気取った人間おろかものどもが生み落した、負の遺産。

「なんだ……思ってたより小ぶりだな。こりゃ――五〇〇万はいかねぇか……」

 圧倒的な質量を醜悪なフォルムで包んだ機械の獣を前にしながら、ディーンは軽く息を漏らす。

 そんな態度に反応したのか――あるいは、ただただ目の前の獲物を狩る本能か。突如、機構獣が巨大な鋏を振るう。木の幹など、小枝のように粉砕するであろう大質量の一撃。

 その巨躯からは、およそ想像もつかぬ速さで振り抜かれた凶刃をディーンは軽やかなステップで難なく躱し――その足が地に着くより速く、宙を舞いながら右手を構える。

 風を切り、眼前を抜けていく鋏を照門と照星の先に瞬時に捉え、指先に力を込める。

 撃鉄が雷管を震わせ――轟音と共に、撃発。

 発砲炎マズルフラッシュと共に吐き出された弾丸が空を切り――鈍い金属音と共に標的に着弾した。

 ディーンが体勢を整え、ちらりと着弾地点を見る。鉛玉は正確に目標を捕らえていたが――外殻の表面をわずかに変形させたに過ぎなかった。

「ふん……。さすがにこのサイズの機構獣だと、やっぱ簡単に外殻は撃ち抜けねぇか――」

 わかりきっていた結果を目の当たりにしただけのこと。ディーンは特に驚きもせず――

「だったら――内側からバラすしかねぇよなっ!」

 一声。機構獣へと向かって疾走する。

 一撃を躱された蠍が向き直る。三対の眼でディーンを捉え、これを叩き潰さんと今度は左前腕を振り上げる。巨大な槌と化した鋏が影を落とし、ディーンの頭上に迫りくる。

 しかし――ディーンは躊躇うことなく進む。

 降ろされる鋏の下へと疾走し――地を滑りながら狙いを定め、次々と引金トリガーを引く。

 刹那。幾度も鼓膜を震わせ――反動をものともせずに、一斉に放たれた鉛の群れが外殻の隙間に殺到し、腕と鋏を繋ぎとめる腕節を粉砕する。

 振るった運動エネルギーのままに、本体から分離した前腕が宙を舞い――轟音と砂埃を上げながら、大地に落ちた。

「さて、あと脚は何本だ? 七、八……九――。ったく……弾代のかかる野郎だな」

 ゆっくりと近づく女に、機構の獣がじわりと数歩後ずさる。

 到底、痛みや恐怖といった感覚や思考を有しているとは思えない。しかしそれは――生物が持つ本能的な反応のようだった。

 衝撃的な光景にホセが目を奪われていると――周囲からどよめきの声があがる。

「な、何者だ……あの女……」

「し……信じられねぇ」

「おいおい、見たかよ!? 今の動き!」

 アレンの話を聞きつけたのだろう。ホセが振り向くと、既に数十人の人が集まり、人垣が出来ていた。

「親方! 親方っ、無事ですか!? ハンターを呼んできました! ……あ、あれ?」

 人垣を押しのけ、息を切らしながらアレンが現れる。

「……ああ、大丈夫だ。ご苦労だったな、アレン。だが――もうハンターは必要ないかもしれねぇ」

「えっ、それは一体……?」

 ホセが視線で示し、アレンがそちらへと振り返る――と、再び周囲にどよめきが起こる。

 …………

「だっ……だめだよ、ジョージ! あぶないってば! 戻ろうよ!」

「大丈夫だって。カイは怖がり過ぎなんだよ」

「ほ……ほんとに……大丈夫かな……あたし怖いよ……」

 いつからそこにいたのか――北門の横の木陰からディーンと機構獣の様子を伺う子供たちの姿があった。

「おい……ヤバいぞ! ありゃ教会の子供たちじゃないか!?」

 一人の男が叫んだ。

 その声に反応したのか。蠍の眼が動き――子供たちを捉えた。

 そして――新たな獲物を目指し、八本の脚で地を削りながら一気に加速する。

「ちっ――」

 ディーンが舌打ちし、その後を追う。

 その間にも子供たちへと迫る機構獣に、人々から悲鳴に近い声が上がる。

 ――と。その頭上に影が落ちる。

 次の瞬間、人垣を飛び越えて現れたのは銀灰の騎馬。

 着地の衝撃に大地が割れる。だが、それに勢いをとどめることなく、ニールは駆ける。

「な……なんだ!? 後ろから――もう一体現れたぞ!」

「二体目の機構獣!? しかも、なんてスピードだ! 駄目だ、もう間に合わねぇ!」

 子供たちへと向かう二体の機構獣。絶体絶命の状況を前にし、人々に絶望の色が浮かぶ。

 次第に迫りくる巨体。

 その三対の冷徹な光に射抜かれ、声も出ず、その場から動けぬままの子供たち。

「あ……ぅ、あ……」

 やがて巨影が子供たちを黒く染め上げ――

 凶刃の内に標的を捉えたか、蠍が鉄鋏を振るう――!

「――――!」

 ――ぎぃぃぃぃぃん……!!

 痺れるほどに空気を震わせる衝撃音。そして――

「……! …………。……?」

 子供たちは恐る恐る、顔を上げる。

 その目に映ったのは、額から延びる刃で黄銅の鋏を受け止め、踏ん張る銀色の機構獣。

 地面を削り、埋もれた蹄が衝撃の激しさを物語っていた。

 機構獣が子供を守った……!? 予想外の展開に人々がざわめく。

 しかし、同じ機構獣とはいえその体躯には数倍の差がある。騎馬の機構獣がいつまで持ちこたえられるか――

「さすがだぜ、ナイスフォローだ! ……ニール!」

 走りながら、ディーンが叫ぶ。

 ニールの瞳が輝きを増し、外殻から漏れだす光が力強く発光する。

 軋むような金属音を上げながら、前膝が動く。めり込んだ蹄を引き抜き一歩、そしてまた一歩とニールが進む。一度は拮抗し――むしろ不利かと思われていた力比べだが、蠍の前腕が押され、細かく振動する。

 次の瞬間――ニールが地を蹴り一気に力を解放した。前脚を高く掲げ、嘶きと共に頸を振り上げる。流れるように白銀の刃が閃き――弾いた鉄鋏を半ばから断裂する。

 二つの金属片が宙に舞い――時間差をおいて大地を叩き、転がった。

 本来の機能を失った右前腕を眺めながら、蠍の機構獣が、怒りに震えたように金切り声を上げる。

 その隙にニールは地を蹴り、ディーンに向かってはしる。

 距離が縮まり――違いざまに手綱を掴み、あぶみに足を掛け、遠心力を利用してディーンが愛馬へと流れるように騎乗する。

 そして速度を落とすことなく疾走。

 標的の周りを子供たちとは逆方向に旋回しつつ、弾丸をばら撒き注意を引きつける。

 硬質な音を立て、脇腹を叩く鉛玉に機構獣が反応し、振り向く。そして――鋭利な尾の先端が変形。釣り針のようにかえしの付いた鋭い外殻が三方向に展開し、その中から円を描いて並ぶ六つの銃口が現れ、黒く光を照り返す。

 鈍い駆動音が響きだし、六つの銃身が回転を開始する。音階と共に回転速度が上昇し――そして、乱撃。給弾、装填、発射、排莢のサイクルを繰り返し、空薬莢を散らしながら、止むことのない発砲炎と共に雨のように弾丸をばら撒く。

 その多関節の尾を蛇のようにうねらせ、執拗に標的を狙う。

 緩急をつけ、左右に蛇行を繰り返し、ニールがこれを避け続ける。

 標的を逃した死の雨粒が、岩肌を砕き、粉塵を発生させ、周囲を茶色い霧が包み込む。

「さて……弾が切れるまで付き合ってやる、ってのも悪くはねぇが。また気まぐれを起こされちゃ面倒だしな。――行くぞ、ニール」

 止むことのない銃声の中、ディーンが相棒に告げる。

 己の身のみならいざ知らず。再び子供たちを狙われては――この銃弾の嵐から救うことはさすがに難しい。

 ディーンは鞍のようなニールの背から延びるグリップ状の突起――‘ホーン’を掴み、引き抜くように宙へと放る。

 いかりのような形状をしたホーンが空に舞い――それを追従して鎖が伸びる。

 ディーンは鎖を握り、スナップを利かせる。遠心力に振られ、鋭い風切り音と共にホーンが円を描く。

「さあ――突っ込むぜっ!」

 ニールが速度を上げ、機構獣へ迫る。砂煙を払い、銃弾の嵐を抜けて突貫する駿馬。

 機構獣の傍らを通り抜け――ディーンが鎖を持つ手を緩める。ホーンが放たれ、緩やかに尾へと絡みついていく。

 同時、馬上から飛び――宙を舞う。白いマントが半円の軌跡となり、鋼の蠍の頭上へと降り立った。その足元には頭部の真上に宿る二つの眼。

 懐へと潜りこまれた機構獣は、射撃を停止。砲門の外殻を閉じ、再び鋭利な刃物へと変形させ、頭上のディーンを薙ぎ払いにかかる。

 ディーンが素早く反応し姿勢を下げ――直後、斬撃が頭上を抜ける。

 空を切った尾が鞭のようにしなり、返す刃がディーンを両断せんと再び迫る。

 ディーンはしゃがんだ姿勢から全身のバネを使い宙へと飛び――その場で後方転回。

 眼下を通り過ぎる刃を視界の端に、狙いを定める。空中で逆さの姿勢のまま――立て続けに引金を引く。直後、右、左と着弾。一対の眼を穿ち、その輝きを散らす。

 常人離れした動きで反撃を放ち、ディーンが再び頭部に着地する。だが、僅かに体勢が崩れ――直後、頭上から影が迫る。

 反撃に次ぐ反撃。上部の視界を失った機構獣が、獲物を串刺しにせんと感覚任せに鉄杭を振るう。

 疾風のような速さで刺突が迫るが――崩れた体勢のまま、ディーンが後方へと飛ぶ。

 降ろされた一撃が外殻を貫き――失った双眸の間に突き立つ。

「今だ、ニール!」

 軽やかに地へと降り立ち、ディーンが叫ぶ。

 それに応じ、機構獣の背後に回り込んでいたニールが駆ける。

 絡んだ鎖が張り、尾を捕らえ後方へと引き寄せる。

 機構獣は身をよじらせ蠢くが、食い込んだ尾の反しが外殻を捕らえ、外れることはない。

 さらにニールが力を込め、地に踏み立ち、張り詰めた鉄鎖を引き続ける。

 尾が頭部と繋がり、輪状になった巨体が反り返っていく。

 その身を返されまいと、機構獣の四対の脚が大地にツメを立てて抗う。

 六つの眼が個々に動き、その視線がディーンを、子供たちを、彼方の人間を舐める。

 機構獣の全身から青白い光が溢れ、内部機構が唸りを上げる。

 呪縛を払い、そして――与えられた本能のままに目に映る生命えものを狩らんと全ての力を解放する。

 ニールの蹄が地を削り――徐々に反った上体が引き戻されていく。

 迫る解放の瞬間を待ちわびているのか、蠍は突き立ったままの尾の外殻をおぞましく開閉し、六門の銃口を覗かせる。

 そして――銃声。

 一本の脚が砕け散っていた。破片が舞い――大地を震わせる轟音の嵐が巻き起こる。

 ディーンの放つ大口径銃の弾丸が次々と腕節を、ツメを突き立てた大地そのものを、砕き、削り、そして微塵と変えて舞い上げる。

 力の拠り所を失い――機構獣の上体が反り返っていく。そして四本の脚を残したまま――ついにその腹部をさらけ出す。

 表面とは異なり、蛇腹状に並ぶ外殻。その中央――ひとつの隙間から強い光が漏れる。

 その先に覗くのは青い石片。

 ディーンの右手がゆっくりと上がり――銃口の先に輝きを捉える。

「これで――‘終いチェックメイト’だ。――あばよ」

 指先が動き――薬莢が宙に舞う。

 そして――核石コアが四散。

 輝きは粒子となり――風に流れて、散った。

 機構獣の全身から光が消え、抗力を失った半身が折れ曲がる。

 外殻を破断させながら凶獣は鉄屑となり――大地に崩れ落ちた。

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