第12話 まずは技量を見てから始めよう

 とは言った物の、一体何から教えるべきなのかは非常に迷う所ではある。

 一応は俺が啖呵を切った後に質問をしたり、はたまた臆する事なく俺の部屋へと足を運んだ事は学生にしてはよくやった方だとは思う。

 しかし、彼らもあの時に俺が課せた、雷魔法の応用について言及した訳ではない。

 何ならそれには一度も、一切触れていない所を見ると結局は彼らもあのやり方や構造、そしてその方程式やら何やらなどのかなり基礎的な観点も全く身に着いていないと言う事の証明だ。

 それと同時に、昨日彼らは俺が偽名を名乗れと言った際の反応はかなり落ち着いた物ではあった物の、だからと言ってシャルの動揺具合。更にはルシウス達の視線も若干泳いでいた事も確かに確認出来た。


 となると、本当に基礎の基礎からか……? あいつらが分かっていれば教える事が減ってラッキー程度で済ませれば良いだろうし……。


「……。」

「な、何だ、ジーラ。」

「……何か想像以上に悩んでるみたいだけど、やっぱり酷いの?彼ら。」

「まぁ……そうだな。結構酷い。」

「初心者の中でもかなり酷い初心者?」

「あぁ。ただ、中途半端に知識がある所為で何処まで話が通じて、何処から話が通じないのかがあまりにも未知数なんだ。」

「まぁでもティア、やるって決めたんでしょ。」

「あぁ。やるからには全力を尽くすさ。」

「「せんせ~!!」」


 あぁ、来た……。


 本当に子供と言う物はいつ見ても元気で困る。

 元の予定では今日の夕方からだと言う話だったのに、どうにも俺が早めに帰ってきた事をシャルがルシウス達に言ってしまったようで、殆ど成り行き的な形でお昼から第3運動場の方にて第1回目の授業を行う事になってしまった。

 結果、普通に考えればこの時間帯は別の授業があったはずだと言うのにそれらを何の躊躇いもなく、何の躊躇もなく放り投げてきたらしいあの悪ガキ3人衆は元気に此方へ走ってきているのが確認出来る。

 そんな彼らも一瞬はジーラに反応した物の、それを確かめる為にも。単に此方へ近寄る為にも直ぐ傍まで走ってきては尻尾がゆらゆらと動かんばかりにご機嫌な彼らは見ていて何とも言えない気分になってしまう。


「先生、約束だ! 授業してくれるんだよな!?」

「ま、待ってました! 何、さ、最初は何するんですか!?」

「……せんせ。」

「ったく……。お前ら、元々受講していた授業は。」

「先生の授業よりも面白くないから。」

「提出物出しとけば十分単位取れるから。」

「やる事はやりました。」

「……地味に怒れない辺り気に喰わないな、お前らマジで。」

「……彼らが?」

「ん、あぁ。」

「……せんせ、其方の方……は?」

「ジーラ・ルールゥ。俺の本職、隠密機動の1柱を担う同僚だ。」

「……どうも。ジーラ・ルールゥだ。てぃ……。……グ、……。……グレイブ先生と同じく暗殺者をやってる。……ルールゥで良い。」

「ルールゥ先生!」

「る、ルールゥ先生は本名でええんです?」

「こいつは特別魔法を受け流すのが得意だからそんな面倒な事は考えなくて良いんだ。」

「じゃあグレイブ先生の名前は本名なのか? 最初に名乗ってた名前とは違う……よ、な?」

「まぁ、お前達に後から明かした方は本名の一部だな。ただ当然ながらこれは授業中だけの呼び名だ、誰かの視線がある時は必ずグレイブの方で呼ぶように。」

「わ、分かった。」

「は、はい……。」

「先生、じゃあ、グレイブ先生は……受け流せない、の?」

「そういう訳じゃ」

「グレイブ先生は……そういう、次元じゃない。」

「「「次元……?」」」


 まぁたこいつは面倒な事を……。


 そもそもとして俺が彼らや生徒達に対してわざわざ偽名の方で名乗ったのは偽名の重要性を学ばせる為であり、阿呆な学生共が物の見事に呪いや祟りに失敗して悔しがる様を見てくつくつと笑いたいだけでしかない。

 だからこそ俺が偽名を名乗ったのは別に誰からの呪いや祟りを受けたいから、なんて随分と阿呆な体質と言う訳ではない。

 ただ単に一応は教師としての役目を果たしつつ、俺個人の性格の悪さも物はついでに開け出し、更に嫌われてもらおうかと悪だくみしただけの話だ。


「まぁ良い機会じゃないか。……時には格の差を証明してやるのも。」

「最初の授業で十分だろ……。」

「ど~せ技術だけ見せて実力は見せてない癖に。」

「う……。」

「る、ルールゥ先生は見た事あるんですか?」

「……うん、しょっちゅう。」

「「見たいです!!」

「ぼ、僕も。僕もみ、見たいです、せんせ!」

「じゃあ遊ぼうか?」

「……はぁ。どいつもこいつも勝手な奴が多い国だよ、全く。」


 あんまり暴れ過ぎても怒られるんだがなぁ。


 やり過ぎれば陛下にも怒られるだろうし、それ以前にディアルから流石に、盛大に怒られるはずだ。

 ただこの状況を俺達の五感を介して見えているはずの陛下が何の手も講じていない、講じる様子がないと言う事は一応ではあるが許されているのかもしれない。

 対するジーラは意外にもかなりやる気なようで、普段は意地でも外さないフードを外してそのお綺麗な髪や顔が晒されてしまっている状態だ。

 その影響も相まってルシウス達の視線が其方へ向いているのだが、当の本人であるジーラはそれに対して反応する気はないらしい。


 ったく……。


「……ハンデは。」

「僕はなし、グレイブ先生は身体強化以外の魔法禁止。」

「鬼か。」

「鬼は僕じゃなくてイルグだよ。」

「細かいな……。」


 ……まぁ、良いか。


「良い、分かった。……俺は攻撃系の魔法も、身体強化系の魔法も使わない。」

「え、」

「良い機会だ、生徒諸君。これから行う戦いを上手く見ていれば良い。魔法は何も、目に見える物だけが魔法ではない。」


 何方かと言うと対人に使う事の多い、人は見掛けに因らないと言う言葉。

 ただそれは魔法にも扱われる言葉であり、過去に名を轟かせ、今も魔法書を書ける上にその全てが本当に実践向きの魔法を羅列し、それらを完全に説明出来る程の有能な魔法師がとある諺を生み出した。

 人と言う物は元より五感の内、最も愛用し。最も頼っているのは視覚だと言うのだが、特に優れている人間と言う物は敢えて視覚を信用せず、目に入ってお綺麗な簡素な物ではなく、その内面を凝る事でその美しさを更に引き立てる。


 “認知出来ぬ魔法こそが最たる美”。……派手なだけの魔法に素晴らしさの欠片ですらも勿体ない。


「さぁジーラ、何処からでも突っ込んでくるが良い。」

「う、うわぁ……。もう勝てる気がしないんだけど。……まぁ、良いか。」


 時刻は13時過ぎ。

 太陽が殆ど頭上に存在している関係から比較的影が短くなるこの時間だが、ジーラの魔法によって長く伸びたそれは幾つも枝分かれし、その数が十数本へと変化したら今度、立体的な大蛇へと変化する。

 闇魔法の応用であり、そしてジーラが最も得意とする魔法である影魔法は本来実体のないそれに質量を与え、時と場合によっては自我ですらも与えうる。

 ただ影と言う物は光があるからこそ存在する物であり、魔法に限らず対極に存在する物は相性が良過ぎる故にバランスを崩せば大きく片側が沈む。


 と、言う訳で。


 欠片の迷いもなければ躊躇いもなく、欠片の予兆もなく連撃を繰り返してきたそれの悉くを掌に薄く纏わせた光魔法の膜で触れるように手を近付けただけでしゅわぁ……と小さな音を立てては大気へと消えていく。

 それも何度か繰り返していれば段々と興が乗ったようで、似たり寄ったりな戦闘狂の口角がぐっ、と上がっていくのがよく見える。

 それでも再度此方へと向かってきた蛇の口が開き、喉の奥からずるり、と伸びてきた剣を硬化させた手で弾いてから喉元の辺りに蹴りを入れ、同じように足にも纏わせていた光魔法の膜に触れ、瞬時に霧散する。

 喉の奥から伸びてきていた剣はそのままにすると危険なので此方は闇魔法で灰へと変化し、それを何度も繰り返す。


 うん、単調作業だな。


「ッ、や、やっぱ強い。」

「いや……単にお前の癖は見慣れてるから今更、なぁ……。お前が本気で俺を傷付けないのは知ってるし。」

「いやぁ~……これは僕が先に疲れる奴かなぁ。何か、グレイブ先生を疲れさせるヴィジョンが見えないや。」

「辞めるか?」

「もう少し。」

「分かった。」


 少し気になってちらり、と視線をルシウス達の方へとやればやっぱり彼らは優秀なようで、早速地面に魔法式を書いてこれを再現しようと努力を重ねているらしい。

 正直、ああして此方が言わずとも努力を率先してくれる奴は相手が子供であろうと、大人であろうと微笑ましい。

 ああやって努力する者こそ報われるべきであり、努力に対し正当な対価が与えられるべきである。


「……むぅ。息切らしてよ、喫煙者。」

「じゃかましい、酒豪。もう良いんじゃないか。」

「そうだね。彼らの時間を奪い過ぎるのも、折角楽しそうなグレイブ先生の楽しみを奪うのも本意じゃないから。」


 この野郎……。


「かっこいい……!!」

「せ、せんせ、先生! 俺らも、俺らもそんな風になりたいです!」

「……す、凄い。」

「あ”~、褒めるな褒めるな。褒めた所で優しくせんからな。むしろ厳しくしてやる。……甘やかした所で何にもならんからな。」

「でも、僕は満足。」

「そら遊びたかっただけだからな、お前。」

「……で?」

「……とりあえず、課題を理解しないと何とも言えないな。」

「「「課題?」」」

「そ、課題。とりあえずそれぞれ得意な魔法を晒せ。見ての通り、何かあれば俺かジーラが相殺するからな、全力でぶつかってきてくれて構わん。」

「子供程度の力で僕達をどうにかするなんて無理だからね、全力で。」

「じゃ、じゃあ俺からだ、先生!」

「おう、早くすれば良いさ。」


 俺が居ない間に学習したのか、それとも元からなのか、はたまた親にそういう事が得意な者が居るのか、それを学ぶ為に特別家庭教師の類でも親が雇ってくれていたのか。

 意気揚々と俺の対極に立つようにして、少し離れた場所に立った自信満々のルシウスはそれなりに高難易な無詠唱を易々と行っている。

 全身に血流のように駆け巡っていた魔力がルシウスの手元へと集中し、はたまたその魔力は闇の属性を持って大きく増長していく。

 ルシウス自身が保有している魔力だけでなく大気中に宛てもなく、行先もないままに


「……おぉ。」

「え、け、結構良い方じゃない? これ、本当に低学年?」

「あぁ、一応は一年生だ。」

「どうだ、先生!」

「良いな。そのままこっちに打ってこい。」

「怪我しても知らないからな!」


 してみたいもんだがな、お前らの攻撃で。


 超重力ノヴァ。そう言うに相応しい、ブラックホールのような物がルシウスの手から離れて此方へと飛んでくる。

 それはまるで映像作品や理論上の中でしか見る事の叶わぬ、中央の大穴へとあらゆる魔力を呑み込んでは更に更にと大きくなり、その硬度も質量も拡大されていく。

 ただ、これをこのまま放置していれば危険なのは確かだ。

 幾ら子供の物とは言えども、ここまで物理に偏った脳筋的な攻撃が功を成す事もない訳ではなく、そして何より魔力消費が激しくとも。荒くともしっかりと、一応の形にはなっているそれが飛んでくる。


 まぁでも課題は目に見えたな。


 飛んできたそれに対して先程ジーラの魔法を無効化したように、同じく純闇魔法だけで構成されたそれはジーラの影魔法よりも当然柔らかく、脆く、幼くて。半ば握り潰すように触れてやれば先程と同じように、灰となっては地に下る。


 うん、やっぱりムラが酷いな。


「次、トルニア。」

「はい!」


 ふむ、こっちはルシウスと比べて随分と詠唱から発動までの時間が長いが……まぁでもそれだけの価値はあるもんだな。


 ルシウスと同じく随分と、かなり綺麗に魔力を搔き集めたトルニアの両手の中で発生した小さな炎はやがて赤色から真っ白でキラキラと輝く炎へと変わり、今度はそれをどんどん大きくしていく。

 ある程度大きくなったそれはトルニアの満足が行く大きさになったようで、これまた仲が良い事に先程に俺へ超重力ノヴァを飛ばしてきたルシウスと同じく大気の魔力だけでなく、周囲の酸素を燃やしながらもどんどんその大きさを増していく。

 まぁそれも簡単に相殺してしまえる物ではある。

 今回トルニアがぶちかましてきてるそれは炎魔法でありながらも光魔法でもある為、これを相殺する為に水魔法と闇魔法の双方を良い感じに編み込んで、先程と同じく手に膜を張るようにして握り潰す。


 こっちもこっちで優秀なもんだ……どいつもこいつも無詠唱をコンプリートしている所は何とも言えない気持ちにはなるのだが。


「次、セディルズ。」

「あ、あんまり得意じゃないんですけど……。」


 とか言いながらお前も無詠唱じゃねぇか。


 最早無詠唱は当然と言わんばかりのこの悪ガキ3人衆。

 そのセディルズが行使する魔法はルシウスよりも完成度が高く、トルニアよりも速度の速い大量の水泡。それらを1箇所に集結させてはその無数にある水泡から幾つものビームを投げてきており、この3人の中では最も完成度が高いと言えるだろう。

 しかし、今回は先の2名とは違って設置型だ。

 投擲すると言うよりはそれぞれの水泡のサイズ分だけ、自らの身を削るような形で攻撃を行ってきているあれは俺が手で触れるだけでは何の効果もない、ただの焼け石に水だ。

 仕方なしに此方も此方で掌からバチバチと大きく音を立てる電撃玉を発生させ、それをそれぞれの水泡目掛けて発射する。

 半ば雷のように弾けたそれは数多く存在する水泡を爆撃せんばかりに攻撃し、弾けたそれらは此方へと飛んできていた水のビームと同じく完全に霧散し、まるで雨のように降り注ぐ。


「「ぎゃっー!!」」 「えー……。」

「うん、生徒にしてはって感じだね。」

「「魔導士としては!!?」

「……10点?」

「「「……ぇ。」」」

「それぞれムラがある。ルシウスは命令式に対して注ぎ込んでいる魔力量が多過ぎてそれじゃあ無駄だ。がむしゃらにぶつけてるだけに過ぎない。次にトルニアだがお前は詠唱から発生までかなり時間がかかっている。それじゃあ魔導士と言うより魔術師だな。魔法陣を書いてるのとあまり変わらん。最後にセディルズ。お前が一番筋が良いがそれでも、その様子だと特定の魔法属性に依存しがちだろう。それじゃあ成長するもんも成長しない。」

「「「ぐふっ……。」」」

「ジーラ、スピードは専門分野だろ。トルニアの相手を頼む。」

「……君が、それを望むなら。」

「ルシウス、お前は魔力の調整だ。ほら、これ。」

「蝋燭……?」

「上だけに火を点けろ。」

「ぇ、」

「代わりは何本でもある。蝋燭ごと燃やさなくて良いよう練習。」

「……ぼ、僕は?」

「今から炎魔法の練習だ。」

「え、ま、真逆ですよ?」

「だからこそだ。打ち勝てるからこそ、制するんだ。隙を見せない為に。」

「す、隙を見せない為に……。」

「水が使えない状況に陥れられたらどうする? 水以外の性質を理解していなければ先に進めない状況に陥れられたら? そう言ったもしもの事を予想しろ。今あるだけの物で満足するんじゃない。」

「は、はいっ。」


 まぁでも見る限り、恐らくではあるが彼らは魔法師と魔導士の違いですらもそこまで認識出来ていないんだろう。

 とはいえその知識的な方面は出来ればシャルに任せたい……とは思っているんだが、現時点でこの程度なのだから結局は俺も聞かせる事になるんだろう。

 とはいえ聞き分けの良い彼らのやる気は間違いなく本物のようで、ルシウスは目の前で早速俺から受け取った蝋燭に火を点けようと努力をしているのだが何度も蝋燭その物ごと燃やしてしまっており、随分と低い悲鳴が何度も聴こえているのだがまぁ無視だ。

 トルニアはかなり礼儀正しいようで、ジーラにしっかりと礼儀を尽くしてから魔法を早く撃てる方法だったり、実際に実践を伴って練習したりと忙しそうだ。

 セディルズもどうやら以前より、俺に言われるよりも前から炎魔法については言われていたのか、それともトルニアが使えるから聞いていたのか。彼も彼で自主的にメモしていたらしい手帳を取り出しては地面に魔法陣の構築をし直したり、はたまた同じように行使したりもしているが結局は全て水魔法になってしまって何度か撃沈しているらしい。


 ……ふはっ、にしてもこれは結構掛かりそうだな。


 自主訓練を始めさせてそろそろ1時間は経とうとする頃。

 この学校では一限辺り120分である関係からまだまだ時間はあるのだが、この様子だと幾ら優秀な彼らでも2、3回分の授業が消費されると考えて良いだろうか。

 しかし、そう考えるのは早計だと訴える自分が居るのも事実だ。そもそもとして誰も腹を決めて突貫してこないであろうと油断していた所に突っ込んできたのがこいつらだ、こいつらならあっさりと色々やりかねない。


 家でも練習してくれるとか、休み時間でも練習してくれるとかでも全然楽にはなるんだが、完全に一限だけで物に出来ると思うのもかなり理不尽だよな……。

 一応予定としては1つの物事に対し2限ぐらいは溶ける勢いでやるか?念の為、万が一にでもこいつらが早く習得した事、成長した事を懸念して次の課題も予め用意しておけば安定するだろうし……。


「せ、せんせ。」

「ん、どうしたセディルズ。詰まったか。」

「あ、あんまり手の中で炎を作るイメージが難しくて……。ど、どうやれば良いでしょうか。」


 イメージ、イメージか。その辺りはちゃんと理解があるんだな。


 魔法と言う物は行使する人間のイメージによって効果、強度、形状、持続時間、威力、大小など様々な物がそれだけで決まる。

 と言うのも本来魔法を行使する為に必要である魔力と言う物には形状と言う物が存在しない為、それを教えてやらなければならない工程が必要となる。

 人によっては性格の問題から無から有を生み出すデザイナーのようにイメージから作り出す人と、逆に1から2へと変化させるプログラマーのように理論から魔力に形を教える者の2パターンが存在する。

 この2パターンの大きな違いはその人の性格と価値観や考え方であり、全く同じ人間や同じタイプの人間でも連想する物が違えば同じ魔法式でも全く違う物が出来上がる。

 その為、どうやら理論から形を教えるタイプらしいトルニアと、イメージから形を教えるタイプらしいセディルズでは認識齟齬とも、想像の谷とも呼べうる価値観の違いが出来てしまって上手く転用出来ないんだろう。

 まぁそれは環境が違うのだから必然だ。



 そして、これが1番難しい所である。



 人に何かを教えると言う行為が難しいとされる最大の理由はこれだ。

 自分は分かっていてもそれが相手にも分かるとは限らない為、自分にとって分かり易い物ではなく相手の分かり易い物で物事をたとえなければならず、これが出来なければ完全な共感は得られない。


 ……じゃあセディルズにはこっちの教え方で行くか。


「セディルズ、これが何か分かるか。」

「ら、ライター……ですよね?」

「そうだ。因みにだがセディルズ、ライターの構造については知っているか?」

「つ、使わないので詳しくは分かりませんが……と、とりあえずそのボタンを押してる間は火が点く事ぐらいは。」

「まぁその程度で十分だ。だがしかし、これは何方かと言うと理論の範囲だ。このライターと言う文明の利器を作った物がそうあるようにと設計して出来た物。……しかし、理論ではなくイメージから魔力に形を与えるお前にはこのライターに点った炎を導火線に引火させる所を想像すれば良い。」

「ライターの炎を、導火線に……。」

「あぁそうだ。言わば形のない魔力を導火線として定義し、そこに己の意思と言う名の火を点けろ。お前の全身に流れる魔力を1箇所にいつも通り集中させたら今度はそこに火種を投下する。……最初から火を点けようとするんじゃない、まずは燃やす場所や物を用意して、それから火を点けるんだ。事実キャンプとかでよく見る焚き火だって、まずは薪を掻き集めてから火を点けるだろう。だからこそ、お前が1箇所に魔力を集結させるのは焚き火で言う所の薪集めの過程であり、火を点けるのは十分に集まって、形もある程度整ってから。……一度それでやってみろ。」

「は、はい! せんせ!」

「先生!!」


 あ”ー……面倒なのがエンカウントした。


「……何。」

「あからさまに嫌そうな顔をするんじゃない!!」


 だって嫌なんだもん。俺だって生きてるんだから表情筋ぐらい動くって。


「はぁ……。」

「とうとう溜息まで吐きやがった、この教師!!」

「あー……はいはい、失礼致しました。何でございましょうか、お坊ちゃま。こんな殺人鬼に何をお求めで?」

「ぐ、ぐぬぬ……。先生は勿論出来るんだよなぁ、蝋燭の先だけに炎灯すの! 出来ない癖に生徒にやらせる訳ないよな!!?」


 何を分かりきった事をほざくか、この青二才は。


「……ふっ。」

「「あ、とうとう鼻で笑った。」」

「うわぁ〜……心の底から嘲笑ってる顔してる〜。」

「先生ぇー!!」


 元気なこった。


「セディルズ、ここの魔法式だがな?」

「つ、続けるんだ……。え、あ、うん。は、はい。」

「ふん、本当は出来ないから臆してるんじゃないのか!? ふふ、ここの教師の殆どは」


 うっさいな、いっその事やってしまえば大人しくなるか?


 これ以上聞く価値があるのかも分からない自慢話やらふんぞり返った偉そうな話を聞く気にもなれず、仕方がないのでセディルズのそれなりに立派な魔法式を修正しながらぱちん、と指を弾けば後ろの喧しい気配が急激に元気を失い、そのまま沈黙する。


 成程、これで良いのか。


「えぇ〜……。」

「いや、まぁそうなるでしょ……。」

「……うん。」

「……ちょ、てぃ……う、ううん。グレイブ先生、流石にそれは大人気ないと言うか、彼が可哀想なんじゃない……?」

「1つ思い出したんだ、うるさい犬には餌をやれば大人しくなるってな。」

「い、犬って……。それ、教師的に大丈夫なの?」

「大丈夫だ、問題ない。裏で嬉々として、日常的に殺戮しまくってる軍人の口が多少悪くても逆にイメージ通りで良いだろ。それに、やる事やってんだから誰にも文句なんて言わせねぇよ。」

「容赦なさ過ぎて流石に僕も引くんだけど……。」


 ……まぁでも。


「んふ、お前の落胆した顔は結構可愛かったし、見てて色々満足したわ。ありがとうなぁ、ルシウス。」

「……こんなにも嬉しくない感謝は初めてだ。」

「くふ、ぃはっ、ひっ……んふっ、はははは!!」

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