プロローグ【下】 まぁ見てろって
「あ、お帰りなさい、ティア! お風呂はどうだった?」
「……丁度良い湯加減だった。」
「良かったぁ……。元々ここにはお風呂なんてなかったのに、気付いたら出来てるからびっくりしちゃった。」
いやだって、魔法で作ったんだから突然出来るだろ。
なんて、事はそう易々と口にする事は難しい。
と言うのも先程からこいつは急に距離が縮んだかと思うとそれに滑車が掛かるように過保護と言うか、非常に大層な世話焼きだと言う事は分かった。
管理栄養士方面の資格もあり、何なら介護や医療方面の知識もあるらしく、まさか履歴書や雇用契約書を書く前に持病の類やら体質の類を書面に書かされるなんて誰が予想出来ようか。
そのまま半ば押し込まれるように風呂場へと押し込まれ、不思議な事に風呂へ入る前と出てからの今では食欲の差が一目瞭然。
そしてそれを見越したのか、それとも謀ったのか。テーブルの上には質素と言うか、控えめなサンドイッチの類からそれなりにしっかりとしたアレンジ料理のような、フレンチ系の物へと変わっており、更に食欲を促進させられてしまっている。
正直言って、これは非常にまずい。
元々の職業柄の関係から色々手駒に乗せられていると、掌の上でくるくると弄られているとは思いつつも悪意の欠片すらもないこの純粋無垢で、かつ何故自然淘汰されなかったのかと思う程の親切の塊によって適当に拭いてきた髪はしっかりと拭かれて。
まだ冷えるのだからと膝掛けの類まで掛けられてと非常に戸惑う事が立て続けに起こっている。
……あのなぁ、シャル。俺は大量殺戮者なんだ、忘れてないか?あぁいや気にしてなさそうだな、うん。
「おー……。結構ふわふわしてるのね、貴方の髪。」
「……そりゃどうも。」
「あれ、眠い?」
「俺はいつだってローテンションだから別に……。」
「いやでもほんと、色々びっくりしたのよ? てっきりすっごくこわーい目つきの強面の人が来るのかな~って思ってたらすっごい中性的な顔立ちだし、声は男性だから男性なのかな~って思ったら女性だし。そのオッドアイだって初めて見たもん。……オッドアイって伝説上の生き物じゃなかったのね。ティアは自分以外にオッドアイの人って見た事あるの?」
「……まぁ、2、3人は。」
「あら、意外に多い。でも本当に綺麗な色よね、右目が紅色で、左が蒼色で。」
「それには同意しかねる。」
「あれ、何で?」
「片や流血が酸化した色に、片や残酷無慈悲な冬の寒空のような色だ。優しさの欠片も、美しさの欠片もない。……あるのはただの残虐性だけだ。髪も確かに長さはあるが右目よりも濃いワインレッドだ、怖がる人の多いが多い。」
「……だからローブを?」
「あぁ。見せないに限る。」
「でも、先生になるなら顔は見せないと。」
「……魔法で何とかするさ。短ければそれで」
「三つ編みにしてあげよっか。」
「……何故三つ編みに拘る。」
「可愛いから?」
「左様か……。」
「でも髪の全体量だって多いんだし、三つ編みって解けにくいから結構便利よ?」
「……もう好きにしてくれ。」
「じゃあまた明日、結びに来るから早くに起きてね。」
……早く。
「……具体的には?」
「んー……じゃあ、7時くらい?」
「なら問題ない。元々ショートスリーパーなんだ、お前達程長くは眠れん。」
「じゃあ睡眠薬の類も処方しとくわね。」
「さらっと増えやがった……。」
「はい、おしまい! ほらほら、ご飯食べて!」
「……た、食べるには食べるが資料も見て良いか。」
「結構せっかちさんなのだ?」
「シャル、さっきから俺の本職を忘れてないか?」
「軍人さんでしょ? でもティアって全然軍人って感じしないし、何よりディアルが信じるなら私も信じるよ。」
「……はぁ。」
「あ~! 溜息吐いた!!」
平和惚けと嘲ようと思ったのも束の間、瞬時に惚気に移行されて呆れない人が居るのなら是非とも会ってみたい。
あぁいや、今現在目の前に居たか。
そこまで差して苦という訳でもなく、嫌でもないので自由気ままに。自分勝手に俺の髪を弄り始めるシャルを完全に放置して食事に手を付けるもそれなりに美味しい。
常日頃から俺と生活を共にしているあいつらの所為で若干は舌が肥えてしまっているのだが、それでも楽しめるぐらいには美味しいのも相まって栄養補給程度にしか考えていなかった食事を楽しめるのはとりあえず安心か。
遠回しに許可も頂いたのでテーブルの端へと追いやられている資料をぱらぱらと片手で捲りつつ、食事を続けているのだが折角の食事の味が落ちそうな内容ばかりで何とも目が当てられない。
……。……何だ、これは。
「……シャル。」
「うん、何?」
「これ、」
コンコンコンッ。
「あぁ良かった、まだ起きてたか。明日の事なんだが」
「丁度良い所に来たな、ディアル。お前に聞きたい事がある。」
するり、と引き抜いた資料を見易いように、分かり易いようにタイミング良くやってきたディアルに差し出せばそれを受け取りはする物の、俺が言いたい事は欠片も分かっていないようで喉の奥から零れ出すような、けらけらとした哂いが。くつくつと地声が低い関係もあって更に不気味な哂い声が零れてしまう。
されど目の前のおしどり夫婦共は何故俺が嘲笑しているのか、呆れ笑いをしているのかも分かっていないようで、純粋にきょとんとされるのだから本当に笑えないはずなのに哂えてしまうこの状況が本当にやばい。
あのさぁ……。
「お前、この学校がどうだっつったっけ?」
「え? 国家基準と言うか、一応は大陸一の成績を例年修めてはいるが……。」
「んふっ、この程度で? あははははは、ん、んふふ。いやいやいや、これはなかなかに無理があるぞ、お前ら。」
「「えっ?」」
「千歩譲って体術はまぁ良いさ。もうちょっと足りない所もあるけど、まぁ良いよ。うん。ねぇ、この学園って体術の学校? 魔法って聞いたんだけど、これじゃあ盾にもならねぇっての……!」
あぁ、本当に。あまりの低レベル加減に笑い過ぎて涙が零れそうだ。
この魔法科学の発展した現在、ただの科学なんてかなり衰退しているこの超文明と呼べる時代だと言うのに、そんな世界でこんなにも滑稽な成績を見るなんて誰が思おうか。
「何で、何で魔法の概念教えてねぇの、お前ら……! そりゃ成長しないっての……あははは!!」
「え、そ、そんなに酷いのか?」
「く、くく……。いやほんと、マジであり得ないレベルで酷い。っ、ふふ。まぁ見てろ、明日分からせてやるよ。」
さぁ、それでも這い上がってくる奴が居るのか今から楽しみなもんだ。
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