赤羽トミ子

『ねえあなた、夜中も上から変な音聞こえなかった?』


朝食をパン一枚で早々に済ませスマホでニュースを読み漁る旦那に声をかけた。


『ん?そうか?』


素っ気ない。この人は周囲(特に私)に興味なんてないんだろう。


旦那は64歳。私の一つ下だ。

先週40年勤めた会社を定年退職。


定年し家庭に入ると男は地域コミュニティーに接点を持ち快活な老後を過ごすか、脱け殻になり残りわずかな余力をただ燃焼し老いていくかどちらかだと誰かが言っていたが、うちは紛れもなく後者だ。


うちは今年からこのB棟の班長になった。

掲示板の管理やら掃除当番の割り振りやら、やることはあるのだから旦那この人にも手伝ってほしいのだけど。


『やっぱり上の日方さんち…なにかあるんじゃないの?』


前々から旦那には日方宅から聞こえる音や声について話していた。

はっきりは聞こえないけどたまに「こらぁぁ!!」や「てめー!!」みたいな、まるでヤクザみたいな怒鳴り声が聞こえ、何かを投げつけたり叩きつける様な音が混ざる。


何度児童相談所に連絡しようと思ったか。

日方家には5歳の愛流ちゃんがいる。


でも躊躇う。

この団地のこの棟は五階建てで、一つの階に四部屋が並ぶ。

日方家は角部屋だから、もし通報したとしたら日方家の上下のうちか隣の久瀬さんちになる。

久瀬さんは最近耳も遠くなったしなにより80代のお婆ちゃんだから通報はしないだろう。


日方家の上はこれまた同様のラリパッパだから他人のうちの事情なんか興味ないと思う。


となれば消去法でうちが通報したとバレてしまう。



『トミ子、あのなぁ…』

久々に名前呼ばれたわ。


『なによ?』


『あんまり張り切って他人の家庭に嘴突っ込まない方がいいぞ。』


カッときた。


『んな!なぁによその言い方!!もういい!貴方はずーーーーっと個人プレーでいなさいな!』


まるで私がお節介婆さんみたいな言い方して!


もういいわこんな男。色々片付けたら日方さんとこ行ってみよう。

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