第11話 置き去りにしてきた過去との対峙

 ベイクは空中で衝撃を受けて足を上にしてバランスを崩した。受け身を取ったが、出入り口の穴の縁に背中を打ち付け、頭は石の階段に、足は木造の床に投げ出されるような格好になった。


 空中で一瞬見えたのは、体当たりしてきた巨体で、髪がオカッパの、肌の色が緑と肌色の中間のものだ。人と同じ身体だったが手が異常に発達しており、身体には肌にぴったりフィットした白い衣服を着ていた。


 続いて地上に投げ出された足の片方に衝撃。それから熱い感触と服が焼け焦げる匂いと音。続いて激痛が順番に、瞬時に訪れた。


 鞭で足を打たれたらしい。とてつもない威力だ。ベイクは剣を持ったまま左手で足を押さえて階段を途中まで転げ落ちた。


 足のズボンは鞭で打たれた形そのままに焼け焦げていて、表面の皮膚も火傷していた。頭から身体全体に響き渡る衝撃と痛みだ。


 ベイクは階段の半ばで剣を身構えながらどうしたものかと考えた。あの緑の巨体も中々の力だった。おそらく人間ではない。小男の鞭ももう一度打たれれば生命の保証はないだろう。全身が焼け焦げてしまう前に心停止してしまう。


 逃げようと思えば海から逃げられるが、出直して狐達を連れてきても犠牲が増えるだけのように思えた。


 「出てこいよ。殺してあの子達の餌にしてあげるよ」低くて下品な女の声が聞こえた。どうやらあの緑のおかっぱの声らしい。


 ポッカリ開いた階上への穴から2人は見えない。こちらを覗きこんではこない。ああ見えても慎重なようだ。


「おい!」ベイクは作戦を変えて、階段から叫ぶと、返事はなかった。聞こえているのだろうか?と思ったが続けた。「お前らの悪事は分かっているぞ。お前らがしているのは人身売買と拉致監禁と殺人だ」


しばらくして愚者のそれみたいな笑い声が聞こえた。ベイクを馬鹿にしたような不快な笑い声。


 「そんな事自分達でしているんだから分かりきってるに決まってるだろーが」あの女が汚い言葉遣いで叫んできた。


 「あの大クロウミナリに囚人を食わして飼育しているだろう」ベイクは淡々と続けた。


 上の2人は沈黙した。なぜそれを知っているのかと思っただろう。


 「大クロウミナリは売り捌いているのか?」


 「うるさい。早く上がってこい」小男は怒っているらしい。


 「あの化け物どもは始末したよ。お前らも終わりだな」ベイクがそう言うや否や階段の上から漏れる光が少なくなったかと思うと、中に緑の女が階段を駆け下りるようにベイクに向かって来た。


 逆光で顔は見えなかったが、腕を振り上げて口を開いて激昂しているらしいのは見て取れた。そしてすごい地響きだ。


 ベイクはすでに何とか立ち上がっていて、その突進に相対時していた。そして、その化け物が近づいた瞬間、昔よく練習してやっていた技をしてみた。相手の攻撃までに何回斬りつけができるかという技だ。


 「う、う、うぐ、う」一回斬る事に緑の女は声を漏らした。右から左、左から上、上から下。動きは不規則で、対象物の動き、形そして自分の体制にもよる。


 緑の巨体の皮膚はそれほど硬い事はなく、ベイクが斬りつけ終わると力なく脇を擦り抜けて行って、転がり落ちて行った。


 4回か、とベイクは思った。20代の頃なら5回は斬った。


 階上に現れたベイクを見て、小男は狼狽えていた。壁際に背をつけて、鞭を握り閉めていたが、黙って真っ赤になった目でこちらを見ている。


 「鞭を貸せよ」ベイクが言った。


 「うあああ」小男は叫びながら破れかぶれに鞭を振り上げて走って来た。


 ベイクは電撃を反転して避けると、小男の首から背中を切り裂いた。


 小男も穴の中に落ちていき、パートナーの巨体の上に落ちて行った。


 ベイクはびっこを引いながら階段に落ちた鞭を拾い上げて、また階段を上がり、ドアから外に出た。恐らく狐達が護符を探知してやって来るだろう。彼は足を引きずりながら木々が生茂る山道を降りて行く事にした。


 マルデンと話をした方がいいのかは分からないが、何となく今のままでいいかと思う。また後悔し始めたらまた探せばいいか。


 父と母、祖父母に猫の事も想いながら、ゆっくり山道を降り始めた。

 

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魂の監獄 〜ギュスタヴ・サーガ〜 山野陽平 @youhei5962

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