第10話 出入り口

ベイクは階上に上がる階段を目指して、また石の床を歩いていた。鉄格子の前を通るが中には見向きもしない。妖精の剣を身構えもしないで視線を宙に浮かしたまま歩いた。


 何も考えたくなかったし、行動に理由をつけたくなかった。とりあえず、看守達をどうにかして、このジェミナを無力化しなければ。


 自分が1度通った、見覚えのあるカウンターが見え、そこから地上に伸びる階段があるのを見つけた。次の瞬間。


 「いかんほうがえぇ」


 そこに近づくと、1番階段から近い牢獄から、明らかに自分に話しかける声がした。その穴蔵はおそらく最も古い牢獄らしく、鉄格子が真っ赤に錆びていたが、いくら覗きこんでも中の人間は見えなさそうだった。


 ベイクは驚いて、我に返ったような気がした。


 「何故ですか」ベイクは必死に暗闇に目を凝らす。


 「階段の上には鬼がおる」どうやら声の主は年老いた老人らしい。しかし、それも予想で性別すらも分からなかった。


 「鬼?」と、ベイク。


 「そうじゃ。ここから逃げ出せた者はおらん。長年ここにおるがみんなその階段を上がれば骸になって帰ってきよる。行かん方がええ」


 「何がそうさせるのか見たことがあるのか?」


 「見たことはないが、ここから微かに音は聞こえる。逃げ出そうとした人間の悲鳴と、男と女の笑い声が」声の主は口にするのもおぞましそうに小さな声で言った。まるでそれからもう喋りたくないといった様子だ。


 「男と女?」


「...つがいの鬼だと思う。いつも必ず男と女の声がする」


自分が目隠しをされてここに来た時、そいつらの前を通って来たのだろうか。しかし女の声はしなかった。


 ベイクは帯を締め直すと、また階段に向かう。


 「こ、これ。行くなと言うとるのに」老人は狼狽した。


 「大丈夫だよ。みんな外に出られるさ」ベイクは無人のカウンターの前を擦り抜けて階段を上がり始めた。薄暗いが、微かに天蓋から漏れる光で足元が見える。


 そして木の天蓋まで辿り着くと、思い切って肩で体当たりをして、上に向かって出入り口を開け放った。



 目も眩むような光の中には、木造の建物があり、汚らしい窓や木の台が見えた。壁の側には椅子や木の棚があり、少し広々としている事務所といった様子だ。片方には建物の出入り口が見える。窓からは生茂る木々が見えてこのジェミナがひどく人里離れた藪の中にあるのが分かる。もう片方には薄いカーテンの掛けられたドアがあり、その向こうに人のけはいがする。


 カーテンが揺らめいてめくれた。向こうからは背が小さくて猫背の、黒い髪をきっちり真ん中で撫でつけた男が出てきた。服装はきっちりしたシャツの裾をきちんとズボンに入れている。皺がない顔についた目は飛び出ていて、髭をきちんと剃り上げているのに不潔な印象を与えた。


 男は出入り口から顔を出すベイクを改めると、なにやらまたかといった、うんざりした表情を見せ、1度奥に引っ込む。そして小さな声で相談するのが聞こえ、またカーテンが開いた。


 小男は手に鞭を持っていた。あれなら知っている、とベイクは思った。軍にいた時に見たことがある。雷獣の毛で作った鞭だ。人間などには中々お目にかかれない雷獣の毛を引き抜いてより集めて作られた鞭で、人間などには手に入れる事は困難だ。


 ベイクは近付いてくる小男に対処を迷ったが、天蓋を閉めて階段に退避した。


 すると頭上の木の蓋を伝ってけたたましい衝撃とバチバチという音が聞こえ、ベイクは階段を少し滑り落ちながら退行せざるを得なかった。


 雷獣の毛に残る電力は木の天蓋を焦がし、それが焼けた匂いが鼻をついた。


 ベイクは実際に雷獣の毛の威力を見たことがなかったので、その威力に驚いた。恐らく、あの鞭の一撃を喰らえば人なら感電死してしまうだろう。


 少し考えて、飛び出して即座に斬りつけてケリをつけようと考えた。


 間を持たせた後、勢いよく天蓋を開け放ち、跳躍して飛び出した。瞬間の判断で向こうの一撃を避けてから踏み込まなければならないかも知れない。ベイクは五感を研ぎ澄ました。


 しかし視界の右に小男が映りそうになる瞬間、空中でひどく強い衝撃を受けた。何か大きくて重量のある巨体が飛び出て来たベイクに体当たりしてきたのだ。


 待ち構えられていた。


 


 


 

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