第8話 いなり総合商社 社用船にて

 「動いてはいけません」


ベイクはそう話しかけられて幾分意識がはっきりし始めた。自分が硬い藁の上に横たわっていて、乗り物に乗っているみたいだ。多分船だろう。


 居るのはせまい部屋だが薄暗く、低い天井や壁が木でできている。側には木のテーブルと丸い窓。


 「一度は心肺停止していました。体に障害はありませんか。声は出せますか?」側には喋る狐がいた。しかし物珍しくもない。なんせ彼らと知り合ってから1年くらい、一緒に荒廃した無人島で生活しているのだから。


 「お前達が助けてくれたのか」ベイクは声が出た。手足も動くらしい。


 「護符を体内に入れといて良かったですね。護符を探知する羅針盤が海の上で止まったので急いで来たのです。近くで船を待機させていて正解でした」


 後ろの扉をまた狐が開けた。「船長、しけが来そうです」


「そうか。近くの岸に退避しろ。ジェミナには近づくな」もといた狐が指示する。


 「はっ」狐は力強く返事をして去った。


 「社長、今日は退避して作戦を練りましょう。お顔色が優れないみたいです」船長狐が言う。


 「ああ。そうする」ベイクはまだ頭痛がするみたいだった。それに乾いた服に着替えてはいたが、体が寒かった。


 「社長」船長は言い出しにくそうに言った。「その...探しておられる方はおられたのですか」


「分からん。確認できなかった。しかし確かにあの施設は人さらい同然で人間を収監しているようだった。金銭の受け渡しもしていた。しかもその人間を何らかの理由で化け物に食べさせていた。あれは立派な犯罪刑務所だな」ベイクは無理をして起き上がろうとするのをやめた。


 「なぜ化け物に人を?」船長はおぞましそうに体を震わせた。


 「分からん。大きなウミウシのようなナマコのような岩場に住む化け物だったな。足がいっぱいあって、腹いっぱいのでかい口を持った」


「それは、社長。大クロウミナリですな」


「大クロウミナリ?」


 「凶暴で肉食なのですが栄養分が豊富で、美味だと聞いた事があります。数が少なく、捕まえるのも飼うのも大変で割りに合わないんだとか。それを食する種族もいるみたいですよ」


「養殖しているのか」


「売りさばくか、自分達で食べているのかでしょう。大丈夫ですか?」ベイクが頭を押さえるので船長が訊いた。


 「大丈夫だ。少し横になるよ」


「では失礼します」船長狐は部屋を礼儀正しく出て行った。



 ベイクはまた少し夢を見た。


 街を歩く自分。今度は自分自身だ。次の瞬間には広大な農場の農夫と話している。


 「ここのおかみさん?マルデン?確かそんな名前だったかな。いや、ここの農場は別の持ち主に移ったよ。いや3年前にここの主人とそのおかみさんが逮捕されてさ。税金をごまかしていたとかで。今はジェミナっていう監獄に入れられているはずさ」


 ベイクは "いなり総合商社"の事務所に急いで帰り、従業員の狐達に告げた。


 「すまん。牢獄に入るから社長の職を辞任させてくれ」


狐達はそれを飲みはせず、それどころか彼がマルデンを探すのをサポートした。山で林業と採掘業を営んでいた" いなり総本山 "の親方狐(現・会長)と狐達にとって、ギルガン島における漁業、鉄鋼業、貿易業、造船業、不動産業などの事業拡大は、ベイクなしにはなし得なかった偉業であり、天涯孤独の彼に義を返すまたとない機会だった。


 



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