第6話 夢の話①
夢には2種類ある。自分が主人公となって実体験する夢と、なぜか俯瞰的に自分を見ている自分がいる夢。物語に置き換えれば1人称で語られるのか、3人称か。
ベイクは見ていた。自分を見ているしかなかった。
あれは赤子だ。恐らく自分。だがしかし確信がない。なぜだろう。多分自分は、母親に抱かれた記憶がないのになぜか母親に抱かれているからだろうか。自分の思い出せない遠い記憶だろうか。
俺が物事を記憶し始めた頃には、お母さんはいなかった。元々下級貴族の娘であった母は身体が弱かったと聞いた。幼い頃には病死して、俺はやはりであった下級貴族の父と祖父母によって育てられた。
5歳の時に祖母が病気で他界し、小さな屋敷には男ばかりが残った。父さんは大体戦場に出ていたから、自分と年老いた祖父の世話は世話係の女性が1人で切り盛りしていた。
俺が8歳の時に祖父も病気で死んだ。相変わらず父さんはあまり帰って来ない。父さんは寡黙で、男として自分を可愛がってはいたが、幼い自分を猫可愛がりすることはなかった。週の半分は家にいたが、本を読んだり、菜園や畑に出て、あまり家にはいなかった。
昔、といっても父さんがベキャベリ家を継ぐ前はまだもう少しは召使や農夫を雇って屋敷をやりくりしていたらしいが、時代と共に家の財産は小さくなっていき、二階建てだが7も寝室がある屋敷には普段、俺と世話係しか住んでいなかった。
穀物も野菜も、数が少ないながらの家畜の世話も、父さんは全て1人でしていた。たまに俺とその世話係が手伝ってはいたが、やり方は父さんしか知らない。せいぜい自分達にできたのは麦畑の水を開け閉めしたり、言われたとおりに野菜を収穫したり。あとは鶏や山羊の餌やりくらいだ。
俺は世話係が洗濯物を干す時、傍にいるのが好きだった。日光を浴びた衣服や布団がいい匂いをたなびかせている。彼女は歳が20ほどだったと思うが、今思うと驚くほどしっかりしていた。屋敷の家事はそうなくこなしているように見えた。
彼女は6人兄弟の1番上で、貧しい家庭に生まれたから、家を出てどこかへ奉公に出るしかなかった。なのでウチで暮らしていると聞いた。
世話係のマルデンは肌がとても白く、髪は黒く巻き髪だったがいつも短かった。目は少し鋭くて鼻は高く綺麗な女性だったが、何というか前歯が少し強調されている印象の顔。自分にとっては母であり、姉であり、読み書きの先生であったのは間違いない。
彼女は自分を雇い主の息子だからといって手加減しない。ダメなものはダメと叱ってきた。俺もそれに歯向かう事なく言う事を当たり前のように聞いていた。なぜなら彼女は俺が5歳の頃からいたから、俺の生活にはなくてはならなくなっていた。
俺が8歳のある日、荘園に子猫が迷い込んでいたのを見つけた。俺はそれを見ると勝手に、助けてやらないとと感じ、腕に抱えて屋敷に連れ帰った。
きっとマルデンも喜ぶだろう、そう思った。父さんはやはり留守だった。彼女は遊んで泥だらけの俺の腕に爪を立ててしがみつく子猫を見るや否や、いきなり怒り出し、元の場所に戻して来るように言った。
俺はそんな事をしたら子猫が死んでしまうと思い、それに泣きながら抵抗した。彼女は必死に争う俺から猫をひったくると、足早に歩き出し、後ろから泣き叫ぶ自分に見向きもせずに荘園に向かった。
彼女は子猫がどこにいたかを俺から訊いて、そこに子猫を戻す。そして土の上でおぼつかない足でよたよた歩く子猫を、えんどう豆の蔓の陰から静かに2人で見つめていた。
しばらくしてどこからともなく猫の鳴く声がした。子猫はそれを聞いてか細い鳴き声で返した。すると子猫の側に、母親と思しき同じ模様をした猫が現れた。
母猫は子猫に近寄り、しばらく座っていたかと思えば、子猫を放ってどこかへ行ってしまった。しばらく待ったが、母猫は子供の所へは帰って来ずそれきりだった。
「人間の匂いがするから、連れては帰らないわ」マルデンはそう言うと、立ち上がって畑を歩き出し、子猫を抱き上げると、また俺の方に歩いて来た。
「帰りましょう」彼女はそう言った。
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