第4話 牢獄破り

 真夜中の断末魔がまた聞こえたのは2日目だった。次はどこか遠い監獄で起き、また2人の男の子の悲鳴が響き渡ってきた。

 

 相変わらず周りの監獄は静かで、ひそひそ話1つ聞こえない。まるでここではあれが起きると静かにしておくというのが慣習のようだと言わんばかりだった。


 部屋に1人で眠れずに、ベイクはきっかけを探していた。看守の行動パターンを考えてみたり、入ってきた時の事を思い出したりしていた。



 ここまでの護送は馬車だった。この地域のウェスラット兵に目隠しに猿轡、それに手足を縛られてはいたが、明らかに馬車が傾斜を登って来た事が思い出される。この収容所は山を利用して作られている。


 馬車から下ろされて、ドアが開けられた。誘導されて何か木造の建物に入り、話し声がした。


 「3人だ」


「今日は少ないな」


「これでも頑張ったんだぜ」


 そして微かな金属の音。金貨のやり取りに違いなかった。


 またドアが開いて後方から足音と馬車が立ち去る音。ベイクを連れてきたウェスラット兵が走り去った。


 ベイクは手荒に誘導される。そこから10、15歩歩き、階段を降りる。石の階段だ。かなりの段数があった。30段ぐらい。穴は2つ階下へ降りられる深さだ。


 降りきると目隠しを外された。目の前には肌が白くて不健康そうな看守が2人。カウンターらしき台の上の蝋燭に照らされて幽霊みたいだった。なぜそう感じたかをベイクは思い返す。それは風体よりも、彼らの表情から何も感じなさすぎた事だと思う。彼らはまるでベイクを物か家畜でも見るかのような目で見ていたのだ。彼らは野菜の皮を剥くように自分を扱っていた。


 看守が軽く打ち合わせをして、そこで始めて猿轡と手足の麻紐が解かれる。すでに頭上から光は照らされてはいなかったので、階上の扉は閉められていたのだろう。


 ここに来るまでに2つの四つ角を曲がり、10以上の監獄の前を通った。それははっきりと数えていなかったが、内部はかなり広く、入り組んでいるというよりは碁盤の目みたいに掘られているのかと思った。


 そして老人のいるこの監獄へ収監された。



 遠くの叫び声が止んだ。忌々しい行事が終わったらしい。あれは何だと騒ぎ立てる囚人もいない。皆ただうずくまっているのか、気にせずに眠っているのか。


 ベイクは、囚人達がその見えない何かを受け入れるしかないと考えているのだろうかと想像せざるを得なかった。隣とは厚い壁だが明らかに分かる。ベイクは隣の監房が2日前から無人になったと思った。


 ベイクには恐怖がなかった。死が怖くないわけではない。彼も国を背負って戦った事はあるし、若い頃には捕虜になったり、拷問された事もある。潰された自分の指を見て、元どおりに爪が生えて治るのかと考えたりした事もあるのだ。


 彼は剣を交える時、危険にさらされた時には何も考えない。何の為とか、自分のする事に動機を作らない。彼は限りなく機械のように身を守る。その為に戦う。いざとなれば、必要とあらば彼は手足も何のためらいもなく切り捨てるだろう。


 しかし、そこには人間の血が通う。



 明くる日、またもベイクは看守に起こされる事はなかった。


 金属と金属が甲高い音を立ててぶつかり合う音がした。どうやらけたたましく反響しているが、その音は2度聞こえたように感じた。


 ベイクは飛び起きて何事かと通路側を鉄格子から覗き込もうとした。しかしうまく見えない。


 無意識に何があの音を出すだろうと考える。恐らくあれは鉄格子がぶつかる音だと思った。勢いよく施錠を外して開け放ち、鉄格子同士がぶつかり合ったのだ。


 そして、石の床の通路を駆けてくる音が近づいて来る。向こうから。


 見えたのが一瞬ではあったが、ベイクの前を4人の男が駆けて行った。


 色黒の屈強そうな男、痩せた若い青年、少し太った中年、それに中肉の元気そうな青年。


 4人ともあまり見えなかったが、雰囲気といい、走り抜ける速さといい、とても必死で一直線にどこかへ向かっていた。それは出口の方向だった。


 ベイクはしばらく考えて、やがて起き上がった。


 おもむろに立ち上がると、鍵穴にパンを詰め込んで形をとって、削って作った木の鍵を取り出して自分の監獄の鍵を開けた。


 



 


 


 


 

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