第3話 真夜中
噂通り、何かと問題が多い収容所だ、とベイクは思った。
当たり前だが、老人のベッドは空で、ベイクは部屋に1人。今食事に出された雑穀パンと水を前に静かに横になっていた。周りの牢獄からはパンを貪る音が聞こえるが、ベイクは食欲が湧かなかった。別に献立が悪いわけでも、パンを配る係が石の床に放り投げてきたからでもない。
彼は幾多の人間と死別してきたが、今はあの老人の事を考えていた。あまりにもあっさり、出会って直ぐの別れ。悲しみは湧かなかったが、何かやるせない。今夜は眠れるだろうか。
やっと外に出られた老人の遺体はどうなっただろうか。
その夜、ベイクは時間が分からないがやっと眠りについた。昨日が寝られなかったから2日おきの睡眠で、それでも眠りが浅い。
しかし束の間の心の平穏が何らかの音で破られた。あまりに急だったので、彼をもってしてもベッドから飛び起きざる得なかった。
「ぎゃあああ。いやだいやだ」
狭い洞穴の中を音速で飛び跳ねるボールのように反響し、囚人達の耳をつんざいた。
どうやら隣の監獄から聞こえるらしいが、扉の前の蝋燭は消されているので、何が起こっているか分からない。
「あああああ」もう1人の囚人の声。
仕切りに木のベッドがガタガタ音を立て、鉄格子が軋む。
「いやだいや...」最初の囚人の声が途切れた。続いて、石の床の上に硬い物が落ちる音がした。ベイクにはそれが頭蓋骨であるように感じられた。
その最中ももう1人は金切り声に近い悲鳴を上げていたが、それが次の奇妙な音の後に一段と激しくなった。
その奇妙な音というのが、何かをすするような、吸い付く音だった。まるで蛇が鼠を飲み込む音が、水分を含んだようなものに聞こえた。しかしそれは1回で、その後しばらくしてもう1人の声が止み、辺りは静かになった。
すると、また隣の部屋から音がし始めた。それはまた別の粘膜質の水分の上を何かが滑るような音で、それは決して小さくなく、微かに石の床を振動させながら、監獄を出ているらしかった。
そしてベイクの監獄の前をゆっくり通過した。真っ暗で微塵も光がないので、どう目を懲らしても分からない。しかし匂いを感じた。生々しく鼻に嫌味を感じはするが、腐敗臭だとか汚物の匂いではない。
確かに目の前に何かがいて、人くらいの物体が通路を通っていく。ゆっくり、静かに。
他に騒ぎ立てる囚人はいなかった。皆それに慣れているかのようにただ息を殺して、自分の監獄の前をそれが通り過ぎるのを待っているかのようだ。
騒ぎが収まり、しばらくしてベイクは眠りについた。そのよりその夜はもう何も起きなかった。
明くる日、ベイクは隣の監獄の音で目が覚めた。どうやら看守が隣の床に水を巻いて、ブラシで擦っているらしかった。
ベイクは頭を抱えて軽い頭痛に耐えながら、声で起こされるまでもう1度寝ようとしたが、隣の看守の嗚咽の声でまた目が覚めた。
「初めてか」看守が喋った。2人いるらしい。
「2回目ですが、まだ...」もう1人が言った。
作業をする音。布が擦れる音とブラシの音。1人が出てきた。
彼は水を汲みに行くのか、バケツを持っていたが、片方の手には麻袋を下げていた。その荷物は明らかに重そうで、輪郭がはっきりとした形あるものみたいだった。
ベイクが覗き込むと、彼が歩く石の通路の先には、延々と何かが引きずったような、光に照る太い筋のようなものが続いていた。
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