第2話 あまりに早い
ベイクがこのジェミナに収監されて3日が経とうとしていた。
私営牢獄ジェミナ。この監獄は当時、このウェスラット地方を治める領主ナスティン伯爵の委託によって、キーラ羊毛社やマズラード製紙会社などの出資により、当時盛んだった数ある合同事業の1つとして設立された。出資の見返りとして特権を得た会社は商業交易税の免除が為されており、さらに私腹を肥やす事となった。その運営は独立したジェミナ自身の運営組織がウェスラット領軍と連携を取りながら行った。
現在ジェミナは設立されて150年が経過した。創設を委託したナスティン伯爵も4代も前で、今ではナスティン家も爵位が下がり、ウェスラット領は縮小した。現在ではウェスラット領軍の兵士が金貨と囚人を置いて帰るだけで、ただの人身売買施設と違わぬ収容所に成り下がっている。
ベイクは部屋ごとに回ってくる順番が来た。頼りなさそうな看守の監視の元、ただツルハシで穴を掘り進める。
もう一部屋の初老の男2人が、ベイクと老人が崩す土を一輪車に載せて運んで行く。2人の看守も、運ぶ囚人2人も、掘り進める2人も無言だ。
明かりは看守2人がそれぞれ手に持つランタンのみで、後ろから照らすので、掘り進める者は自分が影になって見にくい。看守は一丁前に板金を打った革服を着て武装しているみたいだったが、1人は腰に付けた刀剣が逆で、物腰も訓練されているとはあまり思えなかった。
老人の話によると、この先を掘り進めるとそれが新たな囚人の監獄になるらしい。
ベイクはそれほどまでに収容すべき者がいるものかといぶかしんだ。できて150年経った今でも広がり続ける監獄。
無言の洞穴と看守達が、何か異常なものに感ぜられてくる。囚人が牢獄を作る。気違いじみている。
「よし」見張り役の看守の細い方が言った。頬はこけていて不健康そうだ。「そこらでいいだろう。次はこっちを掘れ」
看守は横穴を掘るよう指示した。部屋作りだ。
「新入りの若い方は向こうから泥と石を運べ。塗り固めていくんだ。じいさんは穴を掘れ」
相部屋の老人は無言で、今掘った穴の側面を掘り始めた。ベイクは無言で太った看守の跡について、泥と石を取りに行く。
途中、鉄格子の前を通り過ぎる。しかし、喋る声は聞こえず、何か蠢くような音。明かりは小さな蝋燭が部屋の前に置いてあるだけで他はない。通路を歩くと点々と小さな明かりが見えるだけだ。
やがて、十字路に着く。そこは明るい。上を見ると3メートル上に空が見えた。大人1人が通れるかどうかという穴で、恐らく出入り口か、空気穴か何かなのだろう。
「早くしろ」ベイクは不意に看守に足を蹴られた。
ベイクが無言なのが腹立たしいらしい。
「返事しろ」看守は力一杯ベイクの頭を張り手した。仕方なくベイクはよろけるフリをする。暗くて顔はよく見えないから大丈夫だろう。
ベイクは一輪車に石と泥の入った樽を載せて戻った。
すると看守と土運びが立ち尽くして何かを取り囲んでいる。老人だ。穴を掘りかけたあの相部屋の老人が倒れ込んでいる。
ベイクが一輪車を置いて、3人をかき分けて、老人を抱き起こすと、彼は力なく目を閉じていた。外傷はなく、まだ暖かい体に血管を浮き上がらせて、息絶えていた。
「心臓発作だろうな」土運びの1人が呟いた。
「まあまあの年だったからな」と、もう1人の土運び。
「まあここでは長生きした方じゃないか」と痩せ細った看守が言った。
「始末しないとな。今日は中止だ。部屋に返す」太った看守がそう言うと、土運びの2人に来るように促した。
「ほら、さっさと立て」痩せた看守はベイクの肩口を引っ張る。
しかし、ベイクはいくら服を引っ張られても、しばらく立ち上がはなかった。
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