魂の監獄 〜ギュスタヴ・サーガ〜

山野陽平

第1話 相部屋

 「あんたは何をしたんじゃ?」同室の老人がしげしげとベイクを見ながら言った。


 老人は頭に毛髪が残っておらず、耳の周りと髭が胸に届くかと思われるほど長く白く染まっている。


 壁に打ち付けられた木の硬いベッドに腰掛けているきゃしゃな体はとてもではないが犯罪者には見えず、支給された自分とお揃いの、薄汚い緑色をした囚人服はかなり大きそうだ。


 ベイクが2人1組のこの部屋へ来て2日目、やっと相方である老人が話しかけてきた。


 「喧嘩さ」ベイクは逆の壁に打ち付けられたベッドに寝そべっている。足の方には鉄格子。頭には壁。枕もないので手を組んでいた。


 「喧嘩でここへは入れられんだろう。ここは重罪人ばっかりじゃぞ」切り返す老人は真剣だった。まだベイクは軽く聞き流している。


 「喧嘩もする相手が相手なら重犯罪になるさ」ベイクが天井を見ながら言った。この穴蔵は天井も床も掘って逃げられないように、しっかり石で敷き詰められている。


 さて、どうしたものかな。


 「あんたはここは長いのか?」ベイクは何気なく訊いた。


 「40年はおるかのお」


「40年」ベイクは驚いて言わずにはおれなかった。「あんた、何をしたんだよ」


 「自分の領主を殺したんじゃ」


 「騎士殺しか」ベイクは少し納得した。


 「とんでもない奴だったでの。退役して農業をしようと移住したんじゃが。そこらの百姓はみんな重税に苦しんどった。わしも独り身だったからみんなのためにとな」


 ベイクは声を出して笑ってしまった。


 「すまん」ベイクは非礼を詫びた。


 「いやいや、おかしな話さ。使命感が行きすぎたんじゃな」


「いや、そんなに簡単に騎士が殺されるなんてって思ってな」


 「暗殺じゃよ。バレたがな」老人は少し歯に噛んでいた。


 「どうやって暗殺したんだ?」ベイクは興味が湧いた。同じ退役軍人として血が騒いだのだろうか。


 「わしは弓兵じゃったからな。ある日、物陰から馬車を一撃じゃ」


「見事な腕前だな」


「まあ、弓兵の隊長をしとったからな。足が悪くなって辞めたが。弓兵は駆けられんかったら仕事にならんでな」昔話をする老人は饒舌だ。彼も例外ではなかった。


 「即刻死刑にならなかったのは、退役軍人の恩赦があったからか?」


「そうじゃろうな。わしも死ぬ気でおったからの」


なかなか風変わりな老人だ、とベイクは思った。しかしこんな所に40年もいたら気が狂ってしまう。自分なら自ら命を断つか脱獄するだろうと思った。


 「ここは何人くらい収容されているのかわかるか?」ベイクが老人に訊いた。


 「分からん」老人が目をぱちくりさせながら答えた。「増えとるからな。この監獄は広がりよる」


 「広がる?」


「労働の時間になると、順番で囚人が穴を掘り進めて、鉄格子を運ばされて牢獄を作らされるんじゃ。つまりこの牢獄の洞穴は無限に大きくなる監獄なんじゃ」


 「なるほど。効率的だな」


「奴らからしたら効率的じゃな」老人は少し話疲れてきているようだった。


 「外に出たいと思わんのか?」


「いたたた」老人はベッドに体を横たえながら言った。「昔は思ったが今は思わんな」


 しばしの沈黙。どれくらいの間隔で牢獄が作らされているかは分からないが、他の者の話し声や物音は聞こえてこない。


 「あんた、自分からこの監獄に入って来たじゃろう?」老人がこちらも見ずに天井を見て言った。


 ベイクは少しの間返事に詰まった。

「どうしてそう思うんだ?」


「わしも今まで数え切れないほど囚人を見とる。あんたは目の輝きが違う。目力がな」


「目力?」


「何か目的がある者とない者の違いじゃろか。よくわからんが雰囲気じゃ。大体の者はここに来れば目が力なく死ぬんじゃ」


 それにベイクは答えなかった。何もかも見透かされているみたいだったからだ。


 さあ、どうしようか、とベイクは思った。


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