後編

結果的に言えば俺とノエルは無事に婚約する事になった。

伯爵家が公爵家からの申し入れを断れない事を利用して父を丸め込み、伯爵夫妻を丸め込んだのだ。

自分がこんなに行動的だとは思わなかった。それだけノエルに惹かれてしまったのだ、たった二回会っただけなのに。

婚約の申し込みは衝動的にしてしまったが、ノエルの気持ちは時間をかけて手に入れていくつもりだ。

ノエル自身はかなり戸惑っていたが反応を見るに満更でもない気がする。


もちろんヴィリアーナとフランシスを守るためのフローラ対策も忘れない。

二回目に殺された時に聞いた「魅了魔法」。

その魔法は認知されていないから資料も少ない。

俺はノエルとの時間を過ごす傍らで、ヴィアリーナやフランシスを守りながら魅了魔法について様々な文献を調べた。

大事なものが増えたからには今回の人生で失敗するわけにはいかない。

時間が足りなけれ食事や睡眠の時間を削ってでも作ればいい。

時間は有限だ。

こうしてる間にもフローラは何か仕掛けてくるかもしれない。

あいつの一手先を行くためなら多少の無理も厭わなかった。


けれど人間の体は意外と脆いもので、俺は睡眠不足と栄養不足で倒れてしまうことになった。


「何やってるんですか!次期公爵のくせに馬鹿なんですか!」


俺が倒れた事をヴィアリーナから聞き付けたノエルは見舞いにやって来るなりそう怒鳴った。

初対面の時のおどおどとした性格が嘘のように、連れてきたヴィアリーナも吃驚するほど大きな声で。

眉をつり上げているのに丸眼鏡の奥の瞳は一杯に涙を溜めていて今にも溢れてしまいそうだ。

本気で心配してくれているのが伝わって嬉しかった。

重く感じる体を動かしてノエルの手を取りその指先へと唇を寄せれば、ピクリと指が震えた。


「心配させてしまって申し訳ありません、けれどそれほどに想って下さっているというのはとても嬉しく思います。貴女の心が私に向いていることがどんな形であっても嬉しいのです」


素直にそう伝えればノエルは分かりやすいほどに顔を一気に赤く染めた。


「なっ!?ふざけないでください、私は本当に心配してっ……!」


振りほどこうとする手を今度はしっかりと掴み少し強引に抱き寄せるとノエルはポカポカと俺の胸板を叩き出す。


「離してっ!変態!」


顔を真っ赤にしながら喚く割には叩く手に力が籠っていない。

倒れた俺を気遣っているのだろう、そんなところが堪らなく愛しい。

もしこのままキスでもしようものなら彼女はどんな反応をするのだろう?それが見たくて少しだけ顔を近付けた瞬間、分厚い参考書が頭の上から降ってきた。

地味に痛い。


「いくら婚約者でもそれ以上は破廉恥ですわ!!」


力尽くで俺を止めたのはノエルのように顔を真っ赤にしたヴィアリーナだった。

彼女たちには刺激が強すぎただろうか?

それにしても妹と婚約者が可愛すぎて辛い。

ヴィアリーナは俺の腕からノエルを奪うと二人でお茶をするのだと言って出ていってしまった。

入れ替わりに見舞いにやってきたフランシスに先程までの事を話して聞かせれば「焦りは禁物だろう」と呆れられた。


「じわじわと外堀を埋めて無意識のうちに影響を与え、自分からこちらに堕ちてくるようにしないといつかは逃げられてしまうよ?」


人の事は言えないがフランシスはかなり腹黒いと思う。

それだけヴィアリーナを溺愛してるということなのだろうが。


「それと……心配していたのは彼女達だけじゃない。私もレイスを心配しているということを忘れないで欲しいね、君は一人じゃないんだから何かあれば頼ってくれ。友達だろ?」

「フランシス……」


フランシスの言葉に胸の中にあった暗闇がすっと晴れたような気がした。

俺はずっと自分一人でフランシスとヴィアリーナを守らなければと考えていた。

フローラの魔の手から大事な友人と妹を守り生き抜かなければいけないと。


だけど……そうか。


俺は一人で成し遂げられると何処かで驕っていたのだ。

だからフローラに負けた。

けれど今回は絶対に負けるつもりはない。俺には頼れる味方がいるのだから。


「………フランシス、俺はとんでもない経験をしてきたんだ。どうか空想や夢だと馬鹿にしないで聞いて欲しい。実は……」







◇◇◇◇◇



倒れたあの日、俺は自分の経験してきた事を全てフランシスに話した。

フランシスだけではなく、ヴィアリーナやノエルにも。

意外なことに俺の言葉を真っ先に信じてくれたのはノエルだった。


なんでもノエルは未来の光景を夢に見る事があるのだとか。

ノエルが夢で見た内容と俺が話す内容は恐ろしいほどにぴたりと一致した。

夢ではフローラが魅了魔法を使って多くの異性を虜にし、この国の王妃として君臨していたらしい。

それを聞いて俺もノエルの言葉を信じることしかできなかった。

フローラが魅了魔法を使うと知っているのは俺だけだったから。


俺達の話はフランシスを通して国王へと伝わった。

しかし確実な証拠が出なければフローラを捕まえることは出来ない。

なので泳がせることにしたのだ。

フランシスはフローラの魅了魔法に掛からないように魔法を無効化するお守りを持ち、わざとフローラに近付いた。

そして魅了魔法の発動条件を調べあげた。

条件とは相手の体に触れて、しっかりと視線が合った状態で甘く囁きかけること。

それだけなのかもしれないが重ね掛けすると一種の洗脳状態にできる強い魔法だ。

フランシスはフローラに好意を寄せるフリをして彼女が魅了魔法を使っていた証拠を次々と集めた、ヴィアリーナやノエルも協力し魅了を掛けられた生徒の魔法を解除し証言を集めてくれた。


ようやく迎えた卒業パーティー。

注目を浴びる中で始まった断罪劇。

断罪されるのは我が愛しの妹ヴィアリーナ……ではなくフローラだ。



フランシスに捕らえられながら俺が助けに入ったと勘違いしているフローラを真っ直ぐ見ながら口の端を持ち上げ笑って見せた。





ここからは俺が復讐する番だ。





「フローラ・ノルトの行った悪行の数々、証言は取ってあります。フランシス殿下は我が妹ヴィアリーナの命を狙った事に関して未遂と仰られたが……フローラ・ノルトは人を殺しています。よって、より重い処罰を求めます」

「はぁっ!?適当なこと言わないでよ!!私はそんなことしてない!」


俺の言葉に被っていた猫が逃げ出したのかフローラは目をつり上げて声をあげた。


「先日、ヴィアリーナの命を狙った下手人が何者かによって殺害された。お前の部屋から凶器に使われたナイフが見つかっている」

「嘘……何よそれ……そんなものでっち上げだわ!」

「残念だったな。お前が返り血のついた服でこっそり帰宅するところを、他でもないノルト男爵が目撃しているんだ。男爵だけじゃない、洗濯したメイドからも証言を得ている」

「そ、それは……歩いていたら急に赤い液体をかけられたからで……!」

「見苦しいな」

「本当だってば!どうして信じてくれないの!?」


彼女の言うことは本当だ。

男爵家に忍び込みナイフを部屋に仕込んで、赤く染めた液体を彼女にかけたのは他でもない俺なのだから。


フローラ・ノルトに殺人の罪を着せる事をヴィアリーナとノエルは最後まで反対していた。そこまですることはないのではないかと。

けれどこの国の法では殺人以外の罪は数年で釈放されてしまう。

数年後、釈放されたフローラがまた同じ事を繰り返さないようにするための最善策が殺人罪で終身刑とすることだった。

だから俺は殺人をでっち上げフローラにその罪を擦り付けたのだ。

実際は誰も殺されてはいない。

ヴィアリーナの命を狙った下手人は金に困ってフローラに手を貸した肝の小さい男だった為、フローラの情報と引き換えに減刑してやると持ち掛けたらすぐに取引に応じた。

今頃国の外れで真っ当に暮らしているだろう。


「証拠も証言も揃っている。観念しろフローラ・ノルト」

「違う……違う!こんなはずじゃなかったのに、私はこの世界のヒロインなのに、こんなのおかしいじゃない!!何で、何でよおおぉ!!」


フランシスの呼んだ兵士達に連れられながら髪を振り乱し叫ぶフローラを庇うものは誰一人としていなかった。

フローラは殺人を犯してはいない、けれどヴィアリーナに下手人を差し向けたのは事実だ。

自分のしたことが倍になって帰ってきただけのことだ。同情の余地などない。

実際に前回、俺はフローラに殺されている。

あの時の痛みは未だに忘れることができない。


人の命を弄ぶとどうなるか、フローラは一生かけて知るべきた。




こうして俺の復讐劇は幕を降ろした。









断罪劇から数ヶ月、俺はノエルと結婚式をあげた。

来年にはヴィアリーナとフランシスも式をあげる予定だ。


今では死んで時間を巻き戻った時の痛みも薄れつつある。

それに大切に思う存在とずっと傍にいられるのだからこれ以上ない程幸せだ。


「……あの……レイス……」


今日も可愛い声でノエルが俺の名前を呼ぶ。


「なんだいノエル」


最初は名前を呼び捨てにすることさえ恥ずかしがっていたのに今では普通に呼んでくれる。

ノエルとの新婚生活は俺にとって毎日が驚きと喜びの連続だった。



「私……あなたにまだ話していないことがあるの……実は私、転生者で……前世の記憶があるの」





今日もまた妻は俺を驚かせてくれる。



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悪役令嬢の兄、復讐する-三度目の世界でモブ令嬢と恋に落ちたのでヒロインにざまぁします- 枝豆@敦騎 @edamamemane

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