中編2
そして目が覚めた三度目の人生。
二度目に目覚めた時と同じ光景。
直ぐ様飛び起きて胸元を確認したがナイフで刺された傷など無かった。
日付を確認すればやはり卒業パーティーの行われる一年前だ。
時間が戻った事に安堵した俺はフローラの口にした魅了魔法について調べるため、身支度もそこそこに国一番の蔵書を誇る王立図書館に向かった。
そこで出会ったのだ。
真っ黒い髪をお下げにして大きめの丸眼鏡をかけた一人の地味な少女に。
彼女は図書館の中でもめったに人が来ない最上階の一番日当たりがいい場所を独占して本を読んでいた。
着ていたドレスも紺色と地味だったのでてっきり図書館の職員かと勘違いした俺は躊躇いなく彼女に近付いて声をかけた。
「失礼、この辺りに珍し魔法に関する書籍があると受付で聞いたのですがどの辺りか教えてくれませんか?」
「……っ!」
声をかけられた事に余程驚いたのか少女はバッと顔を上げてこちらを見上げてくる。同時にその衝撃で眼鏡がずれてカシャンと床に落ちた。かなり古い眼鏡だったのかレンズにヒビが入ってしまったようだ。
「すみません、驚かせるつもりはなくて……眼鏡も弁償します」
慌てて眼鏡を拾い上げ汚れをハンカチで拭い謝罪すると少女はおろおろしながら顔をうつ向かせ首を横に振った。
「だ、大丈夫……です……その眼鏡は……飾り、というか……顔を隠す為のものなので……」
聞こえてきた声は僅かに掠れていて小さく、耳を済ませて漸く意味が理解出来るものだった。
俺の顔を見ようともしないし人見知りなのだろうか。
「いや、何であれ壊してしまったのは私ですから。これを。修理代くらいにはなるかと」
支払えるような現金は持ち合わせていなかった為、俺はポケットから懐中時計を取り出し眼鏡と一緒に少女に差し出した。
王立図書館で働いてるくらいだから給金には困ってないかもしれないが、眼鏡はそれなりに高級品だ。俺の懐中時計には宝石がいくつかついているのでそれを換金すれば新しいものを買うことも出来るだろう。
そう思ったのだが少女は受け取ろうとしなかった。
「本当に大丈夫です……お気持ちだけ……いただいておきます。ありがとうございま――」
そう言って顔を上げた少女は俺の顔を見てぴしりと固まった。
そして慌てた様に口を開く。
「あの……無礼を承知でお尋ねしますが……もしやクロイス公爵家のレイス・クロイス様でいらっしゃいますか……?」
「えぇ、そうです」
問われて肯定すると少女は目を真ん丸に見開き勢いよく後退る。かなり勢いをつけて後ろに下がったのにドレスの裾を踏まない辺り、器用なのだろう。
そんなどうでも良い事に感心していると少女は大急ぎで本棚から三冊ほど本を抜き出し、読書用に設置された近くのテーブルへと置く。
「お、おおぉ、お探しの本はこちらでひゅ、失礼しまひたっ!」
先程までの小さな声が嘘のように噛みながらもよう通る声でそう告げると少女はぱたぱたと駆け出しあっという間に俺の前から姿を消してしまった。
ヒビの入った眼鏡を残したまま。
「なんだあれ……」
怯えてたと思いきや逃げる時は行動が素早く声も出ていた。
しかも俺が探していた本もしっかり用意して。なかなかに面白い人物の様だ。
知り合いにいないタイプだし公爵夫人の座を狙い俺にすり寄ってくる女性達とは正反対だ。
それに怯えた目を向けられた瞬間、心の中で言葉にし難い感情が動いた気がした。
自分で言うのも可笑しいけれど俺は異性に好意的に見られる事が多い。怯えられることなんて滅多にないし逃げられた事もない。そのせいか彼女が逃げた瞬間、一瞬だけ追いかけて捕らえたくなった。怯えるその瞳をもっと自分に向けて欲しいと。
それに彼女は顔を隠す為に眼鏡をしていたと言ったが隠すほど美しくも醜くもなかった。言うなれば平凡だ。
なぜ顔を隠していたのか興味が湧いた。
俺は手に残ったままの眼鏡をポケットにしまうと少女が探してくれた本を借りるため、受付に向かった。
◇◇◇
調べてみると少女の正体はすぐに判明した。
いつも図書館に入り浸っていると噂のルーゲン伯爵家の娘、ノエル・ルーゲン。それが眼鏡を残して消えた彼女の名前。
お茶会などで令嬢達に顔が広いヴィリアーナに彼女の特徴を伝えたところ一発で分かった。
黒髪お下げで丸眼鏡が特徴的、三人姉妹の末っ子で姉二人に比べ華やかさも社交性もなく、いつも自信がなさそうで声も小さい。地味なドレスを好んで着るような大人しい令嬢だと言う。
装いや性格のせいか時々他のご令嬢から馬鹿にされることもあるようだ。
「挨拶程度でしっかりお話したことはありませんけれど、礼儀正しい方だと思いますわ。もっと胸を張って声を出せば馬鹿にされるような事もありませんのに。なんでも自分の顔がコンプレックスだとかでずっと野暮ったい眼鏡をしていらっしゃるらしいですわ」
ヴィリアーナの話を聞く限りあの眼鏡はコンプレックスの顔を隠すためのものだったようだ。
俺は少し考えた後、修理した眼鏡を持ち伯爵家を訪問する事にした。
連絡を取り付け伯爵家を訪問すると少し年配の伯爵夫妻とノエルが出迎えてくれた。
眼鏡は無いが黒髪のお下げと地味な姿は変わらず、緊張しているのかずっと俯いたままで顔をあげようとしない。
とりあえず眼鏡を返して謝罪することにした。
「ルーゲン嬢、先日は失礼な態度を取った上に大事な眼鏡を壊してしまって申し訳ありませんでした。こちらをお返しします」
そう言って修理した眼鏡を渡せばノエルは小さい声で「すみません」と呟き早速眼鏡を付ける。
「……なぜ貴女が謝るのですか?」
寧ろ謝るのは俺の方だと思いながら首を傾げるとノエルは申し訳なさそうに口を開いた。
「私が……落とした眼鏡なのに、修理させてしまって……しかも届けさせるなんて……私みたいな平凡で地味な娘が……クロイス様に気を遣わせてしまうのが……申し訳なくて……」
「ノエルは二人の姉と比べ、本を読むことしか能がない娘でして。このようなお気遣いに恐縮しているのです」
ノエルの言葉を翻訳するように伯爵がそう告げてくるがその言葉に引っ掛かるものを感じて俺はまっすぐに顔を上げた。
「お言葉ですがルーゲン伯爵。私は彼女を本を読むことしか能がない女性だとは思いません。彼女は知らない男に突然声をかけられ怯えていたにも関わらず、私の探していた本を的確に探し出してくれました。私ではなく彼女こそがそういった気遣いができる素晴らしい女性だと思います」
彼女がここまで控え目、というか自分に対して否定的なのはもしかしたら伯爵が無意識のうちに彼女に植え付けてしまった言葉のせいかもしれない。心の中で華やかな姉達と自分を比べてしまっている可能性もある。だとしたらそれを否定したかった。
自分の長所を認められず短所ばかりを抱え込んでいても辛くなるだけだという事を俺は知っていたから。
俺も昔はフランシスと成績や立ち振舞いを比べられ嫌な思いをしたことがある。まだ幼い子供の頃の話だ。
フランシスは何でも器用にこなし、一方で俺は勉強も運動もまるで駄目とよく家庭教師から怒られていたのだ。そしてフランシスに対して嫉妬し不貞腐れていた。
そんな時、ヴィリアーナが俺を励ましてくれた。
「誰かと比べるから駄目なのです、お兄様の価値を決めるのはお兄様自身ですわ。私は頑張ってるお兄様のことをちゃんと知っています」と。
今度はその言葉をノエルに伝えようと思った。
たった一度会っただけの令嬢相手にここまで心が動かされたのは初めてだ。
「ルーゲン嬢。誰に何と言われようと、貴女が気遣いの出来る優しい方である事を私は知ってます。胸を張って堂々としていれば良いのです、その方が今より何倍も魅力的ですよ」
ノエルは驚いたように顔を上げて目を瞬かせると恥ずかしそうに頬を赤らめながらふわりと微笑んだ。
「あ………ありがとう、ございます」
その微笑みに思わず胸が高鳴った時、伯爵が申し訳なさそうに口を開いた。
「……クロイス様、娘をそのように誉めていただいてありがとうございます。私達はいつもノエルを姉二人と比べていたのです。この子の気持ちも考えずに……こんな顔をして笑うことも親なのに知らなかった。あなたのお陰で娘の愛らしい笑顔を見ることができました、これからはしっかりこの子自身を見ていきたいと思います」
ノエルの笑顔は伯爵夫妻の関心も惹き付ける力があるようだ。
もしこの笑顔が他の男に向けられたらと考えると胸の辺りがモヤモヤする。
ヴィリアーナのような華やかさも他の令嬢のような艶やかさもないけれど、ノエルの笑顔にはほっとするような安らぎがあった。
この笑顔を自分のものにしたい、独り占めして手放したくない閉じ込めてしまいたいと感じた俺は気が付くと伯爵にこう告げていた。
「伯爵、お嬢さんと……ノエル嬢と婚約させてください!」
俺の言葉に伯爵夫妻だけでなくノエル自身も驚いて悲鳴をあげたのは言うまでもない。
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