第6話

「あ、それ」

先生は俺の読んでいる本に気づいたみたいで

「本当に好きだね、その本」

そう言われて。

「ちがっ…」

反射的に否定しようとして止めた。


あれ。

俺、なんでこの本読んでるんだっけ。

好きでもないし、なんなら内容すらもよく分からないこの本を。


「先生はどうしてここに?」

自分でも分からない感情をごまかすように、俺は不自然に話をそらす。

「ちょっと調べ物があったて」

そう言って、先生は手に持っていた大量の本を俺の前の席にどさっとおいて、そのまま座った。

最初に会った時と同じ場所に。


先生が何を調べているのか気になって覗いてみると、それに気づいた加ヶ梨先生は顔を上げた。

「授業のノート作ってるの。私今は臨時だけど、いつかちゃんとした先生になりたいなって思ってて」

「真面目ですね」

「おもしろい授業にしたいじゃん」

そう言って先生はまた笑った。


だからあんまり笑わない方がいいって言ってるのに。

先生の笑顔に釘付けになっていた事に気付いて、急いで視線を本に戻した。



…顔が熱い。



「里巳くんは本が好きなの?」

前にもここで会ったから、そう思ったんだろう。

本が好きっていうか、この図書館の静かな空間が好きなだけ。


「まあ、はい」


人がいて。

でも他人で。

一人になりたくない。

でも誰とも喋りたくない。

そんな時、この空間は俺にとって最適だった。



「先生は本、好きですか?」

「うん、好きだよ」


「…どんな本が好きですか?」

「私はミステリーとか好きかな。でも夢中になれる本ならなんでも」

「じゃあ今度おすすめの本とか教えて下さい」



本なんて読まないくせに。



「いいよ。なにがいいかなー」




あれから俺はずっとここにいたのに。

ずっとあなたのこと待ってたのに。

一度も来なかった。


もう会えないと思って、ずっとモヤモヤしていた。

だけどもう一度会えた。


そう思うとこの梅雨のジメジメとした嫌な感じも、ずっと不機嫌だった自分も、どこかに飛んでいってしまったんだ。




それから俺はまた図書館に通う日々が続いた。

先生はいつも沢山の資料を持ってきていて、明日の授業の準備をしている。

学校でも会えるけど、図書館で見る先生は、他の生徒が知らない先生を、俺だけが知っているみたいな気がして、ちょっとだけ嬉しかった。



特別な会話なんてしていない。

ただ同じ空間に先生がいる。

それだけで十分だった。

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