9.37.最後


 リューサーは常に粉雪を降らしてくれている。

 そのおかげで魔物はどんどん減り、最後にはワープゲートも消失してしまった。


 さすが竜……。

 俺たちとはまったく違う魔法を持っているらしい。


『まったくぅー、血印魔法のこと忘れないでほしいわー』

『……?』

『忘れてたでしょ!』

『いや……なんかそんなのあったか?』

『あれ、説明していなかったかしら? 血印魔法は契約相手が危険な状況になると警報が鳴るのよ』

『マジ?』

『まじ』


 いやそれは、聞いてねぇ~なぁ~?

 でもまぁ……助かったのか。


『ていうかお前なんかキラキラしてね? 前にあった時は灰色だった気がするんだけど』

『でっしょー!! なんかねー! 脱皮を何回かしたらどんどん綺麗になっていくのー! 白銀よ白銀! 私にぴったり~!』

『普通にかっこいいわ。で、群れの方はどうなってんだ? まだリーダーじゃないっぽいが』

『でもあと一つの勢力を叩き潰せば私がリーダーになるのよ!』

『叩き潰すて……まぁ努力は認めるけども』

『小競り合いがすごんだからもぉ~! 嫌がらせのレベルね! だからいっつも数倍にして返してるわ!』


 ああ、この感じリューサーのマシンガントークが始まりそうだな……。


 ふと周囲の目線が気になった。

 まぁこれだけデカい竜と話をしていたらそりゃ驚くだろう。

 しかしこいつの登場で魔物はすべて消え去った。

 人間たちも助けてくれたのだということは理解しているらしい。


 素直には喜べそうになさそうだがな。

 というか喜びより驚きの方が大きいのだろう。


『で、貴方一体何と戦ってたの? アンデット特攻の光魔法使ったけど良かったかしら?』

『ああ、マジで助かった。俺たちだけじゃ……どうにもならなかったからな』

『来てよかったわ~。同郷の仲間に死んでほしくないしねっ!』

『はは……』

『それでなんだけど……。アンデットなのに私の光魔法が効かない奴が一匹いるみたい。ほらあそこ』


 リューサーは尻尾でそのアンデットの位置を示す。

 未だに浄化領域は展開しているので、毒はすべてかき消している。

 なので毒の心配は一切不要だ。


 そしてリューサーが示した場所に居たアンデットは……ラムダが氷魔法で捕えていた。

 その顔は腐敗しているが見覚えがある。

 忘れるはずもない、ダークエルフ。


『……フスロワ』

「ぐぬぅうう……!!!!」


 拳を氷に叩きつけて脱出を試みているが、氷は微動だにしない。

 今回の元凶がそこに居る。

 だが不思議と怒りは湧いてこない。

 ただ作業をこなすように、始末しなければという冷めた感情が心の中を支配した。


 俺はフスロワに近づく。

 仲間や人間たちはその姿を静かに見守っていた。


『……』

「貴様ぁ……!! フェンリルの皮を被ったケモノォ……!!」

(……フスロワ……)

『……知り合いか?』

(……もう友ではない)

『そうか』


 光魔法と水魔法の複合魔法、聖水を作り出す。

 それをフスロワの頭の上へと移動させた。


「なぜ死なん!! 死ね獣!! 死ねば戻ってくる!! 本当のフェンリル様が戻ってこられるのに!! 悪魔はどうしたぁ!! どこにいる!!」

『三狐が殺したぜ』


 人間の兵士の後ろから、ガンマがシャロを咥えてやってきた。

 体はボロボロで骨も折れている。

 良くその体でここまで来ることができたなと感心したが、どさりと倒れてしまった。


『『『ガンマ様!』』』

「エンリル! 大丈夫か!?」

「お、おい! 医者連れてこい!!」

『いつつ……大丈夫だ。おいダークエルフ』


 三狐と人間たちが慌ててガンマに寄りそう。

 一度は問題を越したガンマではあったが、ここまでボロボロになりながら戦ってくれたのかと誰もが感謝した。

 人間たちがいた場所からも、炎と巨大な粘液質の魔物の姿は見えていたのだ。

 ガンマが戦っていた姿を見た者は、少なくはない。


 ガンマがフスロワを睨む。

 フスロワも負けじと睨み返した。


『てめぇの、負けだ』

「くそがああああああああああ!!!!」


 悔しがるフスロワを見て、ガンマはくつくつと笑った。

 だが弱弱しい。


『ガンマ』

『なんだ兄さん』

『よく言った。そして……よく、やった』

『へっ』


 ガンマがライドル領にいる多くの命を守ってくれた。

 こいつでなければ、勝てなかったかもしれない。

 シャロもよくやったと褒めるべきだが、今は眠っているようなのでそっとしておこう。


 フスロワへと顔を向ける。

 まだ喚いているが、もう声も聞きたくはない。

 頭上に浮遊させている聖水をぶっかける。


 すると、体がどんどん溶けていった。

 声にならない声を上げ、最後に手を伸ばそうとしたようだったが……結局は腕が崩れ落ちてしまう。

 灰となって地面に溜まり、風に吹かれて運ばれていった。


『……最後おわりだ』

(ありがとう)


 狼たちが遠吠えをする。

 こんなのは初めてだが、これも本能によるものなのだろうか?

 大人も子供も顔を上げ、声を天へと伸ばす。

 これがエンリル流の勝鬨だ。


「勝った……か……」

『ああ。勝ちだ。俺たちが勝ったんだ』


 ハバルが地面にどさりと座り込んでそう呟いた。

 すぐにガルザが頷き、肯定する。


「勝ったのか。ああ、勝ったんだな……! 勝ったんだ!! 俺たちの!! 勝ちだ!!」

『『『『おおーーーー!!』』』』

「ハバルてめぇ!! 俺の台詞を!!」

「レイド様がぼーっとしてんのが悪いんですよっ!」

『『はははははは!!』』


 二人の会話を聞いていた冒険者たちが、笑い始める。

 なんとも楽しそうだ。

 だがそんな中でも、救助活動は行われていた。

 冒険者が周囲を走り回り、手当を施したりしているようだ。


 しかしなんだか物足りない。

 確かに勝ったが、これだけでは味気ない気がした。

 そこではハバルは一つの提案を思いつく。

 すぐに空中を飛んで目的の人物を探し、見つけた瞬間脇を抱えて空中へと攫った。


「おわわわわわ!!?」

「ここは、やっぱりベリル様の出番ですね!」

「え!? ちょ!? まだ回復中の人がっ!」

「あれだけやってたら後は自力で回復しますよ! やり過ぎなくらいです! さっ! ヴァロッド様に変わって何か一言!」

「ええーーーー!?」


 勝鬨は上げた。

 あとはリーダーの一声が欲しい。

 そこでハバルが選んだのは、ベリルだった。


 当初よりフェンリル、エンリルとの友好関係に協力的で、彼なしでは実現しなかったであろう今の状況。

 エンリルがいたから、戦争に勝てた。

 フェンリルがいたから、今のこの戦いに勝てた。

 それをすべて紡いだのは、ベリルだ。


 危ない橋を何度も渡ったのは全員が知っている。

 捜索部隊まで出す程の大騒ぎになったのだから、それを知らない者はいないだろう。

 だがそのおかげで、フェンリル、エンリルとの関係を築くことができたのだ。


「さぁ皆の者!! ヴァロッド様のご子息、ベリル様だ! リーダーとしての器あり! 領主への器量あり! そしてフェンリル、エンリルと我らを紡ぐ奇才あり! 我らの次期リーダーとして相応しい!! さぁさぁなんか文句がある奴はいるか!?」


 周囲はしんっと静まり返る。

 誰も反対はしない。

 するわけがないと、ハバルも分かってこう発言したのだ。


 誰もが認めてくれている。

 ベリルもそれが身に染みてよく分かった。


「そうでなくては!! さぁ、ベリル様!」

「おわあっ!!」


 ハバルはベリルを肩に乗せる。

 しっかりと片腕で背中を支え、両足をもう一つ腕で抱えて固定した。


「もう逃げられませんよ。この領地のリーダーとして、何か一言!」

「もー、仕方ないですねぇ……」


 強引すぎるやり方にため息が出るが、悪い気分ではない。

 ベリルは大きく深呼吸して、地上にいる全領民を見る。

 誰もがこちらを凝視していた。

 少し緊張するが、もう既に皆に伝える言葉は決まっていた。


「僕たちは、フェンリル、エンリルに助け続けてもらいました。その恩を、これから返していかなければなりません。そして……これからも歩み続けていかなければなりません。それが僕たち、フェンリル、エンリルの望みです」


 大きく息を吸う。

 緊張していたはずの体はすっかりと力が抜けていた。

 言いたいことが次々と出てきて、自然と言葉を口にする。


「慣れないかもしれません。ですがこの一件で皆さん分かったはずです! 人間とエンリルは助け合うことができます! 共に歩むことができます! 彼らから歩み寄ってくれたこのチャンスは、絶対に無下にしてはいけません。次期ライドル領領主、ベリル・ライドルは未来永劫、人間とフェンリル、エンリルとの共存を宣言します!! 同意の意思がある者は!! 大きな歓声を!!」

『『『『『『わああああああああ!!』』』』』』


 ライドル領は歓声に包まれる。

 冒険者は武器を掲げ、領民は腕を掲げ、エンリルは遠吠えを上げた。


 ここまで大きく出るとは思わなかったが、そこまで言ってくれるのであれば、あとは任せても大丈夫そうだ。

 これだけ言えるんだ。

 本当にこいつは領主の器量を持っているな。


「あっ」

「え?」

「すまねぇベリル様!! 魔力枯渇!!」

「えええええええ!!」


 相変わらず魔力の残りを把握できないハバルは、そのまま真っ逆さまに落下する。

 下には誰もおらず、受け止めてくれるものはなにもない。


 しかし、そこでタイミングよく真っ黒な影が出現した。

 落下中の二人を背中に乗せ、静かに地面へと着地する。


『何をしているんだ……』

「あっ! セレナのお父さん!」

「た、助かった……」

「ゴラァ!! ハバルぅ!!!! 次期領主様に何してんじゃぼけぇ!!」

「わざとじゃねぇっつの!!」

『背中の上で喚くな!!』


 ベンツはハバルだけを器用に咥えて地面へと投げる。

 結局叩きつけられたハバルは悶絶を打って痛みに耐えていた。

 ガルザが心配そうにしていたが、自業自得だと最後には鼻を鳴らして呆れていた。


 なんだか宴会騒ぎになってきたな。

 いやだけど、悪くはないね。

 よかったよかった……。


『ねぇオール』

『なんだ?』

『一件落着ってのはみて分かるのだけど、まだ血印魔法の警告音が鳴りやまないのよ。どうしてかしら?』

『ああ……そりゃ、そうだ……』

『!? ちょっとオール!!?』


 急に体の力が抜ける。

 気が抜けてしまったのだろうか。

 俺はそのまま地面に倒れ、意識を手放したのだった。

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