9.36.一掃


 状況は悪化し続けていた。

 湧き続ける敵、そして敵から放出される毒。


 回復はほとんど終わり、ライドル領の中に入った敵はほとんど殲滅した。

 あとはワープゲートから湧き続ける敵を倒すだけ。

 毒が発生するので浄化だけの領域を敵が湧き続けるポイントに展開し、回復は切った。


 さすがにあれを続けていると俺が先に倒れてしまう。

 ライドル領で毒が発生しなくなったので、もう必要はないだろう。

 仲間や人間も何とか復活した。


 だがそれでも敵は次々と湧き続け、止まることを知らない。

 あのワープゲートを何とかしなければならないのだが……壊しても復活して再び魔物が出現してくる。


 デルタとドロの土魔法は味方を次々に作り出すので助かってはいるのだが……それも間に合わなくなってきていた。

 もう既にデルタの体力が限界なのだ。

 何度も魔法を使い、魔力を回復させて再び魔法を使う。

 それに数百という数の土人形を操っているのだ。

 戦いが長引くほど精度は悪くなっていき、最後には生み出した瞬間崩れ去ってしまう。


『ぜぇ……っぜぁ……』

『デルタ! 大丈夫か!?』

『ごめ……もう、無理……』


 デルタが倒れたと同時に、作り出していたすべての土人形が崩れ去った。

 ここぞとばかりに魔物たちは勢いを増して進軍してくる。

 ドロの人形は簡単に破壊され、時間稼ぎにしかなっていない。


 ベンツと一角狼は帰ってこない……。

 ガンマとシャロは大丈夫なのか?

 ここで戦ってくれていた仲間たちはもう限界だ。

 回復魔法は傷を癒すだけで疲労を癒すことはできない……!


『くそ……!』


 今は浄化魔法だけを使っているので、周囲の状況に気を配ることができる。

 だから魔法を使いたいのだが……!

 この浄化魔法、回復魔法しか使わせてくれねぇ……!!

 土狼を作ろうとしても作れない!

 水狼も同じだ!

 さっきまで使えてたじゃんどうなってんだこれ!


 同じ光魔法の太陽の杭や聖槍を作り出そうとして見たが、何故か作り出せなかった。

 相性か!?

 いやそんなの知らねぇよこの魔法初めて使ったんだからよぉ!!

 あれか!?

 浄化魔法の範囲が広すぎるのか!?

 でもこの浄化魔法を止めることはできない!


 敵は今も尚毒をまき散らしている。

 少しでもこの魔法を解除してしまえば、また毒が充満して仲間や人間が倒れてしまうだろう。

 メイラムも全員に抗体を打ったわけじゃないからな……。


『誰か状況を説明しろ!』

『……ドロが……頑張ってる……』

『デルタ! 分かるのか!?』

『なんとか……。ドロの沼人形が、敵を何とか抑えてる……。レイと、バッシュが……壁を作って人間の子供と、子供たちを守ってるけど……攻撃はできてない……』

『他は!?』

『ラインとレイン……ニアが前線で攻撃してる……。あとは……シグマとラムダが、後方から援護してる……。ベンツ兄ちゃんの、子供たちも、戦ってるよ……』

『分かった! 無理をさせたな……もう休んでろ!』


 人間たちの動きも分かればよかったのだが……。

 生憎、今は腐臭のせいで俺の鼻が役に立たない。


 だが見える限りでは、善戦しているように見える。

 レイドやハバルたちも前線に出て戦っているようだ。

 押さえてはいるようだが……押してはいない。


 消耗戦だ。

 このままだと本当にやばい。


 トタタタタッ。

 後ろから水が跳ねる音が聞こえてきた。

 それと少し硬い足音もする。

 振り向いてみれば、二匹の狼がこちらへと走ってきているのが見えた。


「──」

「──」

『お前ガンマの所に置いてた水狼か! 三狐乗せた土狼も……。え、あいつらは?』


 水狼の王は随分と小さくなってしまっている。

 どうやら水狼を作りすぎて小さくなってしまっていたようだ。

 だが……これでもまだ水狼は作ることができる。

 最後の水狼を十匹作り、水狼の王は弾けて消えた。


 土狼は俺を通り過ぎて突っ走る。

 何も指示してはいないが、やることが決まっているようで迷いなく突っ切っていった。

 十匹の水狼を連れて、敵陣へと殴り込む。


『なんで勝手に動いてんだ……?』

(私が──している)

『……なんか声がはっきり聞こえるようになってきたな……』


 謎の声が頻繁に出てくるようになってきた。

 今はこいつの存在について何も分からないが……俺たちを助けているということは分かる。

 あとできっちりこの声については解明するとしよう。

 今は、この状況を何とかしなければ!!


「下がれー!! 一度下がって体勢を立て直せ!!」

「エンリル!! 下がるんだ!! このままでは押し負ける!!」

『シグマー! なんか人間が喋ってるー!』

『なんてー!?』

『分かんなーい!』


 人間たちが魔法を放ちながら後退していく。

 その動きを見て仲間たちも人間が何をしようとしているのか理解したらしく、すぐに後退し始めた。


 前線が下がるということは、敵が広がるはず。

 俺はすぐに浄化領域を拡大し、毒の飛散を防ぐ。


 既に人間には多くの死傷者が出ている。

 回復で一度は助けたが……これ以上は使えない……。

 別に自分の身が可愛いわけではない。

 だが俺が倒れたら……浄化が終わってしまう。

 そうなれば全員共倒れだ。

 それだけは何としてでも阻止しなければならなかった。


 前線が下がっていく。

 敵はどんどん勢いを増し、味方を踏んで乗り越えてでもこちらへ来ようとしているようだ。

 魔物が魔物を踏みつけ、それは巨大な波のように見えた。

 誰もがそれを身て、青ざめる。

 戦意が削がれ、圧倒的な物量に身を震わせた。

 それは人間だけではなく、エンリルたちも同じだ。


 水狼が破裂する。

 だがそれも肉の壁によってほとんど意味をなさなかった。

 土狼が声のない遠吠えをする。

 しかし……魔法が発動する前に急に飛び出してきた魔物に破壊され、土の波は起き上がらなかった。


 レイとラムダが作った壁が破壊される。

 瓦解して近くにいた敵が踏みつぶされたが、お構いなしに突き進む。


「ゲラララララ!!」

「ジャゲアラガラガラガ!!」

「フシャジャザザ!!」


 人間のように笑うモノ、喉を震わせて怒るモノ、潰れた声帯で威嚇するモノ。

 腐敗臭を漂わせ、呼吸するたびに毒を撒き、ただ生き物を喰らう為だけに前進する。


 だがその行進は、一瞬で終わりを告げた。


『……はっ?』


 白い粉雪が舞い始めた。

 それがアンデッドに触れた瞬間、叫び声と共に浄化されて消えていく。

 感染するように魔物から魔物へと移っていき、どんどん敵が減っていった。


 ドシン。

 巨体が空からふわりと着地し、喉をゴロゴロと鳴らして満足そうに頷いた。

 美しい白色の鱗は輝いており、今降っている粉雪によく映える。

 バッと広げた翼が風を巻き起こし、粉雪を強制的に魔物へと付着させていった。


「え?」

「……おい、あれって……」

「みりゃ、分かんだろ……」


 白銀の竜。

 竜は……いや、彼女は俺の方を初めて会った時と同じようにギョロッと睨み、笑った。


『あはははははは! 貴方って本当に面白いわぁ~! 人間と仲直りできたの?』

『あー……。話すと長くなる。ていうか久しぶりだな、リューサー』

『ええ、お久しぶりね。オール』

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