8.11.反射の武具


 しばらくすると多くの人々がギルドの前に集まってきた。

 解体屋は解体道具を沢山持参して冒険者にナイフなどを手渡し、手順を丁寧に教えては指示を出している。

 ヴァロッドやベリルもやってきて、驚いた様子でこの魔物を眺めていた。


 戦争中だとは思えない程の賑わいを見せているライドル領。

 少しは気を紛らわせることができたのだろうか……?

 いや、偶然だけども。


「おーい! こっちに人回してくれー! このケバラスネイクデカいんだー!」

「こっちには手袋くれないか? 数が足りないんだ」

「ちょっと待ってねー!」

「おいおい! 素手でやるな! 毒があるって説明受けただろ!」

「そこじゃない! もう少し奥だ。そうそう!」


 人手は足りないわ道具や装備が足りないわで、解体屋とギルドの職員はバタバタと動き回っている。

 若い冒険者が今後のために解体を経験しているが、ずいぶん苦戦している様だ。


 まぁ、解体のやり方はまずナイフを持って口の中に手を突っ込むからな。

 いくら死んでいるとはいっても、自分より大きな獲物の口に手を突っ込むのは怖いのだろう。

 俺よりでかい魔物とか、今のところドラゴンしか見てないからなぁ……。

 その感覚はちょっと分からない。


 だけどこいつの牙には毒がないのだろうか?

 経験者は躊躇なく手を突っ込んでいるけど……。

 ま、大丈夫そうだしいいか。


『オール様……』

『お、どうだった? 肉に毒はあったか?』

『この魔物は……皮膚の周りに、毒腺を持っているらしく……肉自体には、毒はなさそうです。毒袋は喉に、ありました……。皮に口を付けなければ、子供たちでも、問題なく食べられるでしょう』

『だってよ』

『『『やったぁー!』』』


 レイ、ウェイス、ドロはそれを聞いてすぐに解体が済んだケバラスネイクに近づいていく。

 肉を解体していた解体屋は大きな狼が近づいてきたことに少し驚いていたようだったが、肉が食べたいのだろうということにすぐに気づき、切り分けて三匹に振舞ってくれた。


『美味いなこの肉!』

『美味しいの!』

『人間が手伝ってくれないと、食べられなかったね……!』


 お、ドロいいこと言うなぁ。

 確かに俺たちだけではこの蛇の肉は食べられなかっただろう。

 こういうところでも協力していくことができたら、より一層絆は深まっていくだろうな。

 うん、うん。


 解体屋の人たちも、今の三匹を見て肉を欲していることを理解したらしく、少し急いで肉を解体していた。

 トテトテとやってきたセレナも、肉の匂いを嗅ぎつけて解体屋さんの周りを回っている。

 というかめちゃくちゃ邪魔をしている。


『ふすふす』

「ちょ、おわわっ。ベリル様ー! この子がいると作業がしにくいんですけど……」

「あわわ、ごめんなさい。セレナ、ちょっと離れて待ってようね」

『あいっ!』


 ベリルにそう言われてセレナは少し下がって座って待つ。

 尻尾の暴れ方が凄い。

 どんだけ我慢してるの。


 あ、そういえばヴァロッドが来ているんだった。

 セレナに頼んで少し通訳してもらうかな。


『セレナ。通訳を頼めるか?』

『なにー?』

『この蛇、何にするのか聞いてくれ』

『あいっ!』


 ベリルの方に首だけを向けて通訳をする。

 話を聞いてベリルは頷き、ヴァロッドの方に走っていって話を聞いてきてくれたようだ。

 戻ってきて俺に直接説明をしてくれた。


「ケバラスネイクは防具に使えるらしくて、エンチャントができる高ランク帯の魔物だそうです」

『エンチャント?』


 この世界で初めて聞く単語だな……。

 エンチャントっていうと、何か特別な能力を付与したりするものだったよな。

 火属性の武器とか、氷属性の武器とか。

 属性武器って感じだったっけな……。


 で、これは防具に能力を付けることができるわけだ。

 武器に使えなくもなさそうだけど……。

 それで、ケバラスネイクの鱗を使った防具にはどんな能力が付くんだ?

 セレナ、通訳お願い。


『……だって言ってる』

「僕はよく知りませんね。お父様ー!」


 ベリルがヴァロッドを呼んでくれた。

 呼ばれたことに気付いて、すぐに駆け寄ってきてくれる。


「どうした?」

「ケバラスネイクで作った防具のエンチャントについて、フェンリルさんが聞きたいそうなんです」

「ああ。なるほどな。いい素材には、エンチャントを付与することができるんだ。武器であれば炎や雷、防具であれば属性に対する耐性、他にも特殊なエンチャントを付けることができる。ケバラスネイクの場合は、反射のエンチャントだな」

『反射?』


 反射のエンチャントとはなんぞや。

 どんなものなのか想像もつかないんだが。

 俺が首を傾げていると、追加でヴァロッドが説明をしてくれる。


「反射のエンチャントは凄いぞ。攻撃を喰らったらその攻撃が敵に返るんだ。ケバラスネイクの素材はこのエンチャントが唯一できるんだよ」

「えぇー、すご……」

『そ、そりゃすごいな……』


 そんな装備担がれてたら俺たちでも苦戦しそうだな……。

 自分の攻撃はしっかり敵にダメージを与えるけど、敵からの攻撃は反射してダメージを与える……。

 やばいな?


 だがこのエンチャントは、防具を攻撃しないと発動しないらしい。

 破壊した場合はそれ相応のダメージが敵にも入るらしいのだが、防具の隙間を狙った攻撃は相手にダメージは入らないようだ。


 まぁそうだよな。

 防具にエンチャントが掛かってるんだから、それ以外のところに当てても意味ないよね。

 しっかし凄いエンチャントもあるもんだなぁ。

 今度から無暗に攻撃仕掛けるの控えようかな。

 ってなるとエンチャントがかかってる武器なのかとか、判断できる情報が欲しい。

 そういうのはないのかい?


「あるのはある。エンチャントされた武器や防具は、一部が紫色に光るんだ。だがそれを隠しているのが普通だし、見て判断することは難しい。だが武器の場合は柄の色が変わり、防具の場合は胸部の色が変わりやすい傾向にある。とは言っても……」


 ヴァロッドは軽い説明の後、手を広げてため息を吐いた。


「まずエンチャントっていうのは高位魔術師、その中でも付与魔法に長けた者だけが使えるものなんだ。一般冒険者じゃエンチャント武具を手に入れるのはまず不可能。俺でも無理だった」

『じゃあこの素材はエンチャントできるけど、エンチャントができないのか』

「……いや、できる。それができる奴が一人居るんだ」

『お? そんな奴がいるのか』


 であれば、この素材は無駄にならなさそうだ。

 さて、その肝心のエンチャントができる人物ってのは誰だい?


「……いやぁ、そのだな……」

「ヴァァアロッドォオオ!!」

「……噂をすればなんとやら……」


 ヴァロッドは頭を掻きながら、自分の名を叫んだ人物を見やる。

 その人物には、見覚えがあった。


「レンおばさん?」

「やぁベリル。元気そうだねぇ」

「はい!」

「で、ヴァロッド? なんだこのケバラスネイクの数は」

「エンリルたちが持ってきてくれたんだ。それでだなぁ……」

「この数の防具にエンチャントしろって? ふざけんじゃないよあたしを何だと思ってるんだい!」

「頼む! これがあるないで戦争に勝てるかどうかが決まってくるんだ! それに特級魔術師だったらこれくらいすぐだろう!」

「特級!!?」


 あ? なんかまた分からん単語が出てきたな。

 ていうか、ギルドマスターのディーナが言ってたことって、こういうことだったのか。

 この数をエンチャントか。

 うん、そりゃ怒るわ。


 で、特級魔術師って何?


『ベリル、お前何か分かるか?』

「と、特級魔術師っていうのは……世界に二人しかいない魔術師のことです……」

『……へ、へー……』


 お婆ちゃんすげぇな!

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