8.2.一瞬


 俺たちの速度を侮ってはいけない。

 ただでさえデカい上に、身体能力強化の魔法を使用して走るのだ。

 人間で五日の距離など、ものの一時間で走り切ってしまう。


 そして俺たちは、今まさに敵軍の進軍を遠目から見ているところである。

 数は五千という話だったが、それにしては少し少ないような気がする。

 まぁ正確な数字を言われても、兵法に詳しくない俺には分からないわけだが。


『オール様。どうします?』

『まーまずは……ヴェイルガたちの力を見たいからな。天』

『はい! 気候魔法! 雷雲!』


 ぴょいと頭の上に乗った天は、空を見上げて魔法を使用する。

 するとどんどん雲が黒くなっていき、ついには雨が降り出しそうなどす黒い色の雲に空が覆われた。


『ヴェイルガ、でかいのを撃て。次に一角狼が好きに暴れてくれればいい』

『そんな簡単な事でいいんですか?』

『難しい作戦は無理だろうしな。ひとしきり暴れたら戻ってこい。ガンマが止めを刺す』

『わっかりましたぁ!!』

「何が始まるというのだ……ぐっ……」


 俺の背中で頭を押さえているヴァロッドは放っておいて、とにかくさっさと片付けてしまおう。

 ヴェイルガが前に出て、魔力を角に溜めていく。

 バヂリと発光したあと、力を込めて大きく遠吠えをした。


『雷魔法! 落雷ッ!!』


 雲に稲妻が一瞬走ったと思った瞬間、目の前が真っ白になる程の光に包まれた。

 それはすぐに消えて前が見えるようになるが、次に目に写った光景は想像を絶するものであった。


 音を置き去りにして大地に大きな穴が空いており、数百人という人間の死体が一瞬で作られる。

 それを確認した後、バカでかい雷の音が轟き、地面に穴が空く音もついでに襲ってきた。

 揺れもすさまじいものであり、周囲にあった木々が倒れたりしている。


 そして雨が降り始めた。

 バケツをひっくり返したような雨は兵士たちを濡らしていき、一角狼にとって最高の狩りができる環境へと変貌する。


『ガルザ!』

『任された! 行くぞ!』

『『『『『『雷魔法、雷狼!』』』』』』


 一角狼のガルザ、デンザ、ディーナ、ベリー、ベナ、リーベが一斉に雷魔法、雷狼を使用して雷で作られた狼を出現させる。

 常に纏雷を纏いながら、その雷狼と一本の雷の線で自身と繋ぐ。


 六匹の一角狼が一斉に出陣する。

 纏雷を使用しているのでその移動速度は速い。

 十秒も経たずに敵兵士の目前へと迫り、攻撃を開始した。


 既に雷の音で、周囲の音が聞こえていない兵士たち。

 いきなりの揺れ、そして一瞬で死んだ仲間たちの死を見て戸惑う者もいれば、天災に腰を抜かす者もいた。


 だが一角狼たちにとって彼らの感情などどうでもいいことだ。

 雷狼が兵士の横を駆け抜ける。

 雷の糸が兵士に触れた瞬間、バヂンという大きな音を立てて痙攣し、そのまま倒れてしまう。

 纏雷を使用した一角狼のその攻撃を避けられる者はほとんどおらず、ただ横を通り過ぎただけで一瞬で命が刈り取られていく。


「……これが……エンリルの力か……」


 あれはエンリルではないが……まぁ俺たちの仲間だからな。

 そういうことでも問題はないだろう。

 ていうかまだ序の口なんだよなぁ……。


「おい! 誰か! 誰かいないのガッ──」

「どうなってんだ! 聞こえないぞ! おい誰か返事しろァアアア──」

『あれ、なんか居た? まぁいいや……』


 兵士が何かを叫んでいたが、彼らは雷の爆音を近くで聞いていたため、既に耳が聞こえなくなっている。

 それに間髪入れず、一角狼が雷狼と一緒に攻撃をして息の根を止めてしまう。

 簡単な作業となっているようだ。


 後方にいた兵士はまだ健在ではあるが、前方で起きた異変に気付き戦闘態勢を整え始めている。

 急なことで慌てているが、それでも上官らしき人物に指示を出されてようやく平静を保ち始めた。

 しかしそれも一瞬のこと。


「グルアアアア!!」

「「ギャアア──」」


 少しでも雷に触れた人間は、一瞬で死に至る。

 それが彼らの恐怖心を増幅させ続けた。

 遂には逃亡する者もあらわれたが、逃げる事などできない。


 抵抗しようとする者もいたが、逃げる者、死ぬ者、慌てて適当に魔法を放つ者が入り乱れる中で戦うのは至難の業。

 自分の身を守ろうと皆必死になり、結局全員が全員足を引っ張り合っていたのだ。


『『雷魔法、雷弾!』』


 離れていた二匹の一角狼が、角から雷を放出する。

 それは広範囲まで届き、一度の攻撃で数十人がまた息絶えた。


 防具などを一切無視できる雷魔法は非常に強い。

 このままであれば一掃できるだろうが、オールの言っていたことを忘れてはいけない。

 ガルザが遠吠えをしたのが撤退の合図となり、踵を返して反撃される前に逃げる。


 脅威が立ち去ったことに安堵する兵士たちだったが、すぐに落ち着くなどということができるはずもなく、暫くはその場に留まることになってしまう。


「状況を通達せよ! 何が起きた!」

「え、エンリルです! ライドル領のエンリルが襲撃を仕掛けてきました!」

「被害は!?」

「分かりません!!」

「目的地に着く前に数えきれないほどの被害……! ……おい、あれは何だ……?」


 後方にいた隊長格らしき騎士が、一点を指さして震える声でそう言った。

 その言葉を聞いた者が指差す方角を見てみると、そこには青い炎を纏った大きなエンリルがのっしのっしと歩いてきている最中であった。

 その顔は敵意丸出しと言った風に牙を剥き、口からも青い煙と炎が見え隠れしている。


 異様なオーラを纏ったエンリルが、足を止める。

 そして大きく前足を上げるとすぐに振り下ろす。

 それが彼の見た最後の光景であった。


『炎魔法……爆炎の怒号』

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