7.18.昔話


 バルガンを連れて、俺は第三拠点に戻った。

 随分と痩せこけてしまっているので、まずはしっかりと食べてもらって体力を回復してもらいたい。

 すぐに食料を奥から引っ張り出してきて、それをバルガンに与える。


 殆ど何も口にしていなかったからか、その勢いは凄まじかった。

 一気に食べて大丈夫なのかと心配したが、けろりとした顔で次の肉を食べているのでまぁ問題はないだろう。

 やはり二年という歳月は長すぎた。

 本当に今まで良く生きてくれていたものだ。


『オール兄ちゃん!』

『ベンツか』

『……ベンツ……大きくなりましたな』

『やっぱりバルガンだったんだね……』


 魔物討伐から帰ったベンツは、匂いを嗅いですっ飛んできたのだろう。

 余り接することはなかったが、バルガンのことは全員が知っているはずだ。

 こうして飛んでくるのも無理はない。


 あとはガンマだが、あいつも気が付いてこちらに向かってきている。

 暫くすれば戻ってくるはずだ。


『しかし美味いですな。久しぶりにこんな量の肉を口にしましたぞ』

『まだまだあるからな』

『それはいいのですが、こんなに食べてしまっても問題ないのですかな?』

『ああ。レイたちが沢山狩って来てくれているからな』

『レイ……レイ……?』

『あの時は生後一ヵ月だった子供たちだな』

『ああ! あの子たちも生きておるのですか!』

『勿論だ』


 それを聞いてバルガンはまた嬉しそうに何度も頷いていた。

 気持ちは分からないでもない。

 必死に守った子供たちが生きていたのだ。

 それがどれだけバルガンに喜びを与えているかは、想像に難くない事である。


『……』

『……おお、ガンマですかな? また逞しくなりましたな』

『久しぶりだな、バルガン爺さん』

『爺さん、という程生きてはいないのですがな~』


 そうは言うが、今のバルガンは痩せこけていて老けて見える。

 見た目からしてみると、そう呼ばれても仕方がないと思う。


 だがこれで全員が揃った。

 バルガンも頷き、肉を食べるのを止めて俺たちを一匹ずつ見ていく。


『……では、昔話をしましょうぞ』

『ベンツ、ガンマ。父さんの話をしてくれるから、聞いてくれ』

『『……分かった』』


 全員が話を聞く態勢に入ってから、バルガンは昔のことを思い出すようにぽつぽつと話してくれた。

 その内容は俺たちの胸を締め付けるものではあったが、聞いておかなければならない大切なことだ。


『……私めは、ナック殿と一緒に闇魔法で地面に潜んでおりました。オール。お前が来たことも、知っておったのですぞ』


 オートは逃げられないということに気付き、最後の足掻きとして一つの策を講じた。

 それはナックの持つ闇の大魔法、屍の宴。

 死んでいる狼を生き返らせ、生きている生物、もしくは屍の宴に該当していない普通に死んでいる狼を狙うというもの。

 しかし自分より上位の存在にこの魔法は使えない。

 なのでリーダーのオート、元リーダーのロード、そしてその番であるリンドとルインには使えなかったのだという。

 だが人間たちの目的はエンリルの毛皮であり、それを台無しにしてしまえば引き分けになったも同然。


 しかしこの大魔法は、副作用がある。

 魔法を行使した狼の身体能力が著しく低下し、まともに動くことすらできず、精々一時間で死んでしまうというものだ。


 オートはそれを理解しながらも、ナックに自分たちの死体を喰えと、そう命じた。

 自分が死ぬまで隠れ、この謎の空間が解除されるのを待ち、魔法を使用しろと言ったのだ。


 途中オールが来ることは想定外だったが、そのおかげで子供たちを早い段階で逃がすことに成功した。

 もし来なかった場合は、バルガンが伝えに行って一緒に逃げる予定だったのだ。

 それが当初の作戦だった。


 しかしオールが来たため、バルガンはナックをこの場からできる限り遠ざけるという任務に代わり、とても長い間人間たちは屍の宴に翻弄されていたはずである。

 魔法を行使した狼が死んでしまうと、屍の宴も解除されてしまう。

 ただでさえ動けないナックを運ぶのは、片足を失っていたバルガンにとって大変な事だったが、それで子供たちが逃げてくれるならと何処までも遠くに逃げることができたらしい。


『人間が私めらを閉じ込めたあの魔法は、中にある魔素が消えるにしたがって小さくなり、オート様はまともに動けないところを狙われて……死にましたぞ。最後に私めとナック殿に目線を合わせてくれたのは、今でも忘れませんな……』

『……バルガン。ナックさんは……?』

『ナック殿は、気力だけで命を繋いでおりましたぞ。私めが尾で体を縛り、引きずっていく中、ナック殿は自分の心配より私めを案じておられましたな。必死に逃げておりましたので、ナック殿がどれだけの時間生きていたのかは定かではありませんが……夜明けとなった時には、既に……』


 バルガンが知っているのは、ここまでだった。

 なので屍の宴で人間がどうなってしまったのかは分からず、狼たちがオートたちを食ったかどうかは定かではない。

 しかし、死なず、怯まず、首だけになっても動く屍の宴がオートたちの肉を喰らった可能性は十分にある。

 人間にとってはそれだけでも相当な痛手となったはずだ。

 それを信じておかなければ、ナックが報われないだろう。


 ナックは仲間になる前、向こうの群れの副リーダーだったと聞いている。

 闇魔法だけで言えば、俺よりも凄い魔法を持っていた。

 あまり見せるようなものではないと言われてしまい、結局一度も見せてはくれなかったが、他の仲間たちにナックの凄さは何度も聞かされたのだ。

 ナックがいたから、寄生されていた狼から逃げずに済んだ、戦わずに済んだと慕っていたな。

 凄い奴だったんだよ、本当に。


『バルガン爺さん。母さんは……?』

『……私めがオート様と共に戦っている時、人間がリンド様の亡骸を引きずってきました……。故に……』

『すまん、言わなくていい。……すまん……』


 それからどうなったかなど、考えるまでもないことだ。

 ガンマは首を振って、続きを言おうとするバルガンを止めた。


『……オート様は、オールたちが逃げてくれる時間を最大限まで引き延ばし、ナック殿は人間に奪われそうになっていた仲間を使い、オート様やリンド様を食べたと思いますぞ。私めも、その場で死ぬまで戦うべきだったのでしょうが、どうしても……どうしてもお前たちの姿を最後に一度……見たかったのですぞ……』

『生きたいって思うのは悪い事じゃないさ。よく、戻ってきてくれたな。バルガン』

『……ええ……! よかった……! 本当に……よかった……』


 また泣きだしてしまうバルガンに苦笑いをしながらも、新しい仲間が加わった。

 これ程心強いことはなかなかないだろう。


 まずは養生してもらわないとだけどな。

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