7.14.手を取り合って


 ヴァロッドのしでかしたことをディーナは暴露し、周囲は大騒ぎとなっていた。

 ダークエルフの一件で住民の多くが亡くなり、以前と同じ程の生活をするのは非常に難しくなっているのだ。

 だからこその支援……であったが、それを切ってしまったとなれば話は変わってくる。


 まだ心身を病んでいる者も多く、仕事に身が入らない日も多くある。

 エンリルたちのお陰でそれは改善に向かっているのだが、そこで支援を断ち切ったと言われると、これからどうすればいいのか分からなくなってくるのだ。


 勿論その矛先は、領主であるヴァロッドへと向けられる。

 彼が今回の事件の張本人。

 怒りが向くのはそう不思議ではない事だった。


「どうするんだよヴァロッド様ー!」

「そうだよ! 冬の生活も怪しんだぞ! 圧倒的に人手が足りないのに支援を切るってのは……どういうことですか!」


 それを聞いて、またヴァロッドが大きな声を出す。


「支援を切ったのは!!」


 その声により怒声が一気になくなり、また静寂が訪れる。

 彼の声の圧は他の者の比ではない。

 良く通る声で体の奥底に響いてくる。


 周囲が静かになったことを確認したヴァロッドは、ある程度声量を落として続きを話す。


「支援を切ったのは、エンリルを守るためだ。私は国王の私利私欲の為だけに、彼らを手渡したくはない。それに向こうに出したとして何をされるか分かってものではない。私は、見殺しにだけはしたくない」

「うん、それは同意するねー。エンリルたちに助けられていることもあるし。そこまではいい。問題は次なんだよヴァロッド様」


 ナレッチが、領民を代表するようにして前に出てきた。

 彼もここに住んで長い。

 この性格であるので、領民全てに顔を覚えられていてもおかしくはない人物だ。

 それ故に、自分も顔を覚えている。

 だからこそ、彼は領民が一番気にしていることを聞いてくれた。


「エンリルを守るために、支援を切った。そうせざるを得ない理由があったのは俺でも分かる。国王の言う条件に頷いていたらここはテクシオ王国と同じ状況になっちまうし、エンリルだって反旗を翻す。それによって死ぬ人は尋常じゃない数になるだろうね。ここまではいいんだ。問題は、解決策はあるのかって事だ」


 まくしたてるようにしながら、ナレッチはヴァロッドに近づいていく。


「ほぼ支援に頼りきりだったこの領地。それを今日から自給自足しようって言うんだ。まだ残っている物資はあるから暫くは大丈夫だが、このままでは冬は越せない。それまでに何とかしなきゃいけないぜ? その策は、有るのかい?」

「ある」


 ナレッチの長い問いに、ヴァロッドは即答した。

 だがそれは、皆の協力が必要不可欠だ。

 それぞれが得意なことがあるように、苦手なこともある。

 しかし今の状況では、これが得意だから苦手なことはしたくないとは言えない。


 だからこそ、皆の協力が必要なのだ。

 ヴァロッドは力の籠った眼で俺を見た。


「フェンリル、エンリルたちよ。力を貸してはくれないか」


 このままでは、到底過ごしてはいけない。

 それにこの領地は他の国に比べて特産品という物も無ければ、鉱脈なども無い。

 言ってしまえば魅力のない領地であり、魔物を討伐するためだけに作られたヴァロッド向きの領地だったのだ。


 だから観光や物流で金を稼ぐことには向いていない。

 本当に魔物を討伐するしかないのだ。

 それがこの領地の持ち味と言っても差し支えないだろう。


 だからこそ、フェンリル、エンリルの力を借りたかった。

 彼らの能力は未だ未知数な部分が多い。

 強大な力を持っているということだけは分かっているが、それだけである。

 実戦で見た物は非常に少ないのだ。


 彼らの力を借りることができれば、魔物討伐でまだ繋いでいけるかもしれない。

 それを元にするつもりであった。

 だがこれを承諾してくれるかは、分からない。


「お前たちには感謝している。アストロア王国に魔物を寄せ付けないように作られたのがこの領地。一時は魔物討伐の最前線となったが、お前たちのおかげで魔物の数も減り、この領地はここまで発展させることができた。その恩を返したかったが、このままではお前たちを守れない。だから、私たちがお前たちを守れるだけの力を得られるまで、力を……貸してくれないだろうか……!」


 その言葉には、強い意志を感じることができた。

 断る理由など、ない。

 ここまで俺たちのことを考え、守ろうとしてくれている人間に貸さない力などないのだ。


『……セレナ。この領地の地図を持ってこさせろ』

『あいっ! ベリルー』

「……え? ち、地図? ディーナギルドマスター。地図あります?」

「地図ぅ? ちょっと待っててね」


 ギルドの中に入って行ったディーナはすぐに出てきて、大きな丸められた羊皮紙を持ってきてくれた。

 それを地面に置いて開いてくれる。

 そこには、ライドル領の正確な地図が記載されており、ディーナは今自分たちがいる場所も教えてくれた。


 これだけ分かれば十分だった。

 何があるかを把握し、何処に何があればよいかを検討する。

 後で何度でもやり直すことができるので、今は適当にしておけば問題ないだろう。


『土魔法』


 ドンッと地面を腕で叩く。

 その直後、小さめの地震が領民を襲った。

 だがそれもすぐに収まり、なんだったんだと首をかしげるものが多くいる中、ある一人の人物が異変を発見する。


「!? お、おい! あれ!!」


 静まり返る中で叫ぶ声は良く響く。

 全員がその方向を見てみると、有り得ない物が目に映ることになった。


 それは……城壁。

 石作りの城壁であり、ご丁寧に門まで作られていた。

 あの小さな揺れが起きている間に、この領地を囲ってしまう程の大きな城壁が築かれていたのだ。


 俺の中にある西洋の城壁を想像しながら作ったが、意外と上手くいった。

 とりあえず今は、俺たちはこんなこともできると人間に知らしめておくだけでもいいだろう。

 それに何より、これが返事である。


「……ありがとう、フェンリル、エンリルたちよ……! ありがとう……!」

泣いてる暇はないぞセレナ通訳。指示をくれればやれるだけのことはやってやろう』

「ああ……。ああ! すまない」


 これからは流石に忙しくなりそうだな。

 ま、いつまでもごろごろしてるのも体に悪いしな。

 俺たちも頑張りますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る