7.13.説明と謝罪
なんだか最近、人間たちがベンツとラインに良く接しようとしている。
理由は分からないのだが、肉を上げようとして見たりお手入れをしてくれようとしたりと様々だが……。
ベンツは相変わらずそっぽ向いてるな。
ていうか迷惑してる感じがする。
人間たちにまとわりつかれるとセレナの事を見れなくなるからな。
ていうか冒険者たちの接触が多いな。
何かあったのだろうか?
『なんか心当たりあるか?』
『全然ないよ。ていうかセレナの事を見れなくなるから困るんだけど……』
『まだ安心できないのか?』
『……うーん……』
今までの事からして、人間たちがセレナに対して何かをするということはない。
懐いている人物が領主の息子ということもあって手を出せないでいるのかもしれないが、それでもその気すら感じられてはいないのだ。
それはガンマが証明してくれる。
領民の少ないこの里は、全ての冒険者、住民が協力し合い、支えながら生活をしている。
普通に全員が仲がいいのだ。
それ故に噂話などもすぐに流れてしまうので、悪い事をしようものならすぐに広まってしまうだろう。
まぁなんにせよ、もう一息って感じかな。
今のところは何か悪い事が起きることもなく、平和に暮らせている。
まだ少しだけ警戒はしているが、ベンツとしてももう受け入れ始めているのかもしれないな。
いや、あれか。
ベンツ自体は妥協しているけど、子供たちを巻き込むのは微妙な感じだったってだけかな。
とはいえ、それが達成されなければ、今回の関係を作った意味がなくなるんだけどね。
『ま、ゆっくりな』
『うん』
『オール兄ちゃーん! たーすけて―!』
「「わーー!」」
あっれ、なんかラインが人間の子供に追いかけられている。
体格差大きいから急に止まってもマズいし走り続けてても危ないしで助けを求めてきたようだ。
『ゆーっくり止まれー』
『え!? いいの!? いいんだよね!?』
『お前父親になるんだからもう少し子供の扱いをだな……』
『人間の子供でしょこれ!』
おっと、そうだった。
しかしラインは俺の言う通りに動き、何とか立ち止まって事なきを得たようだ。
毛を触られたりしているが、特に嫌がったりはしていない。
むしろ少し疲れているような気がする。
まぁ子供の相手って大変だからなぁ。
というか人間の親はいいのかそれで。
いいのであれば問題ないけどな。
「フェンリルさーん」
『おとーさーん!』
『お?』
ベリルとセレナが走ってこちらにやってきた。
なんだか少し急いでいるように感じるが……どうしたのだろうか。
『どうした? 何かあったか?』
『ベリルのお父さんが帰って来たー! お話があるって言ってたよー』
『ようやくか』
あれから随分時間が経った。
この領地を治めている者に話をつけに行ったということは、ベリルから聞いている。
ようやくその結果が分かる。
いい方向に転べばいいのだが……そう簡単にはいかなさそうな気がする。
俺が信じているのはここの領地の人間だけだし、他の人間は何を考えているか、何をしでかすか分かったものではないからな。
ま、とりあえず話を聞きに行くとするか。
「あ、あの……。他のエンリルたちにも来てもらっていいですか?」
『
『ふぁ~……。え? 俺も行かなきゃダメか? 眠いんだが』
『こいつ馴染んできてやがる……。まぁとりあえず来てくれ。話し合いを後で説明するのも面倒くさい』
『それもそーか。あいあーい』
ガンマは眠そうにしながらも、シャロを捕まえて引っ張ってきてくれた。
シャロも寝ていたからな。
なんかこいつら懐柔されている気がするけど……。
居心地がよくなり始めたのだろうか?
それならそれでいいんだけど。
とりあえず全員を連れて、ヴァロッドの元へと向かう。
とはいえそんなに遠い場所ではなく、近くにあった冒険者ギルドにいるようだった。
そしてその周辺には、招集されたであろう冒険者と領民が沢山いた。
ほぼ全員がここに集まっているのではないだろうか?
騎士団と思われる格好をした者たちもいるようだ。
ギルドの前は非常に広々と取られているので、多くの住民がここに集まるのは難しくない。
扉の前でヴァロッドやディーナが何かを話しているが、周囲の声に負けて聞き取ることは叶わなかった。
だが暫くして静かになり始める。
それを確認したヴァロッドが前に出て、大きな声で語り始めた。
「集まってくれてありがとう。私は先日、エンリルたちのことを我が領の国王に話してきた。その結果を、今この場で伝えたいと思う」
こんな大々的にするものかね、そういうのって。
あ、他の仲間たちにはセレナが通訳をしてくれているので、ヴァロッドが何を言っているのかは理解してもらっている。
その内容を把握することは難しいかもしれないが……まぁ聞いてもらうだけ聞いてもらおう。
「まず私が国王に伝えたのは、エンリルたちの発見と、その保護。現在、彼らとは友好的に過ごせていると思う。解毒治療をしてもらい、救われた者たちも多いだろう。だから共存の許可を頂きにいった。これは私たちの為でもあり、エンリルたちの今後の為でもあることだ……」
そこでヴァロッドは握りこぶしを作る。
大きなため息の後、その結果を教えてくれた。
「結果だが……許可は下りた。しかし、条件が付け加えられた。それは……」
その内容は、あまりにも酷いものだった。
ライドル領だけではなく、他の国、まずはアストロア王国にエンリルを数頭譲り渡すこと。
懐いているのであれば、森での魔物討伐へと向かわせること。
数が増えたのであれば、解体して毛皮を国に献上すること。
そしてエンリルの扱いは、譲り渡した国に全て任せること。
見返りとしてはこの領土への多額資金、物資の支援、ライドル領繁栄のために尽力を尽くすということ。
俺は、彼が……人間が何を言っているのか理解できなかった。
なんだ……?
なんだそれおい。
完全に俺たちを下に見ているじゃないか。
変わったのは、変われたのはここにいる人間たちだけだったということが、初めて理解できた。
他の仲間たちは話の内容を理解できていないようだったのが救いだ。
だが俺は平静を装うことはできず、毛を大きく逆立たせて牙を剝いていた。
住民は流石に俺の姿に驚いて数歩引いたが、ヴァロッドだけは臆することなく歩いてきた。
その後すぐに頭を下げ、大きな声を出して謝った。
「すまなかった!! お前たちを守ると言ったのにこの有り様だ! 私の力だけでは、この領地を守ることしかできなかった! すまない!」
『…………お前は何を失った』
「っ! べ、ベリル!」
「あ、はい! 何を失ったか、と聞いています……」
「うっ……バレていたのか……」
俺は一度、彼の謝罪を聞いて冷静になった。
この男は、この領地を治めている国王に会いに行き、俺たちのことを説明しにいった。
先ほどヴァロッドが説明した条件を俺たちに言わなければ、俺たちは何も知らないままでいられたのだ。
だがヴァロッドは、あえてそれを伝えてくれた。
俺の予想だが、こいつはその条件というのを蹴ったのだ。
だから自分の領地の国王が言った事を、領民にも伝えた。
あいつは自分の利益しか考えていないくそ野郎だということを、教えてくれたのだ。
となれば、ただでは済まない。
俺の知っている限り、こういう世界で上に立つ人間は機嫌を損なうと何をしてくるか分からないのだ。
ヴァロッドは、それ相応の何かを罰として喰らったはずである。
それを言わない辺り、責任を自分に全て擦り付けようとしているのが見て取れる。
言い出すのを渋っているヴァロッドを見て、後ろに待機していたディーナが呆れながら口を開いた。
「あー、私がヴァロッド様の代わりに言うよ~。この馬鹿、エンリルのためにアストロア王国からの支援全部断ち切ったんだ。だから今後、食料も鉱石も、衣服も薬草も本も紙もなーんにも向こうからは入ってこないよ」
『『はぁーーーー!?』』
流石の領民も、アストロア王国からの支援の重要性は理解している。
ぶっちゃけ、次に来る冬を越せるのか疑問だ。
周囲が一気に慌ただしくなり、これからの事について議論している者も多くいる。
こいつ……自分の領土を守ることしかできなかったって、そういうことかよ。
『兄さん、何言ってんだこいつら』
『あーつまり……。あの人間、俺たちを守ってくれたらしいぞ』
『……何もしてなくね?』
『目に見える範囲ではな』
俺の苛立ちはいつの間にか消えていた。
だがこれからどうするのだろうか……。
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