6.21.過去を


 俺が棲み処に戻ってみると、ベンツが真っ先に近寄って来た。


『兄ちゃん』

『どうした?』

『子供たちの事で少し話があるんだけど、いいかな』

『ああ。俺も丁度子供たちの事について考えていたところだ』


 ベンツの考えが同じものであるかは分からないが、俺は子供たちに人間の事をどう伝えようか考えていた。

 勿論良くない物として教えるつもりなのだ。

 しかし……セレナの事がある。

 完全にあの少年に懐いてしまっているからなぁ……。


 まさかこうなるとは思わなかった。

 だがセレナを危ない所から守ってくれて、尚且つ治療までしてくれた恩人である。

 この事はベンツにだけは伝えてあるので理解はしてくれているはずだ。

 それによってちょっとだけ人間への評価が変わったようだけどな。

 本当にちょっとだけ。


『話はここでも問題ないか?』

『大丈夫だよ。ここなら子供たちに聞かれない。セレナとセダンは耳がいいからね』

『お前に似たんだな。で、話ってのは何だ?』

『この前の人間の事だよ。どうにもセレナが会いたがってるみたいで、兄ちゃんにこっそりついて行こうっていう話をしてたところを聞いた』

『……お前としては、どうしたい?』

『会わせたくはない』


 俺の問いに即答で返すベンツ。

 その意見には俺も賛成だ。

 あの少年に会うのは俺だけで充分である。

 向こうも会いたがってはいた様だが、そこまで便宜してやる義理はない。


 しかし問題はここからだ。

 会いたいが会えないという状況は、セレナたちが成長するまでの話。

 成長後は自由に活動でき、魔法も使えて行動範囲も大きく広がってしまう。

 一匹で少年に会いに行く未来もそう遠くはないのだ。


 現在は二ヶ月の小さな子供。

 だがあと半年もすれば魔法も使える様になり、狩りもできる様ならなければならない。

 それぞれに個体差はあるだろうが、子供の成長とは早い物だし、半年などあっという間だ。

 その間に何か策を講じておかなければならないだろう。


 会いたくない、と思わせるか……それとも会うなと強制するか。

 どっちも難しい話だ。


『まぁ考えている事は大体同じか』

『セレナだけの話じゃないからね』

『ああ。今セレナはあの人間の少年に懐いてしまっている。恐ろしい生物だと教えておかないといけないが……あの少年は良い奴過ぎる』

『そうなの?』

『悪い奴だったら既に他の人間共に話してバレているだろうし、討伐隊を編成してまた俺たちを狩りに来るだろうな。言っては何だが、俺たちは人間にとって高級品なんだ』

『どういう事?』

『価値の高い物という事さ。俺たちの死体、恐らくこの毛がな』


 動物を狩る奴らは大体毛皮を加工して服にしたりする。

 俺の生きたであろう前世では毛皮は高級品であることが多かった。

 加工の手間などもあるのだろうが、やはりその品質の方が重要視されていたのだろう。

 毛皮を求めて乱獲し、絶滅に追いやられた動物もいた。

 俺たちの現状がまさにそうだな。

 笑えない話だ。


『それだけの為に僕たち家族は殺されたの?』

『あいつらは俺たちの都合なんて考えやしない』

『じゃあその少年は? 同じ種族だけど、同じじゃないの?』

『ああ。少なくとも、俺たちの事を言いふらす真似はしないだろう』

『……本当に?』

『気持ちは分かる。だが俺たちの貴重な人間の情報源だ。失いたくはない』

『それは分かるけどね』


 相手は善意でこちらの事を伝えてはいない。

 だが俺たちはその善意を利用させてもらっている。

 少年に罪はないが、これも俺たちが生き残るための策だ。


 話を聞いて、復讐相手も見つかった。

 復讐など考える暇などなかったが、その相手が見つかったことで視野にも入っている。

 だが、それを実行すれば俺たちの仲間がまた危険視される可能性もあった。

 ガンマにこのことを伝えれば一匹でも向かって行ってしまうだろう。


 だからまずは、ベンツに聞いてみることにする。


『ベンツ。あの少年の話から、俺たちの家族を殺した人間の里が把握できた』

『……』

『お前なら、どうする』


 ベンツは暫くの間沈黙した。

 目を瞑って何かを考えている様だ。


 急かすことはしない。

 納得のいく答えが出るまで、考えて欲しい。

 俺の中では既に答えは出ているが、こいつが同じ考えを持っているとは限らない。


 ゆっくりと目を開けた後、俺の方を見てベンツは答えた。


『……復讐はしない』

『理由を聞いてもいいか?』

『脅威がなくなるに越したことは無いけど、それによって僕たちが脅威となりえる。仲間の事を思うなら、隠れて静かに過ごすのが良いと思うから。会わなければ、争う事もない』

『やっぱお前、俺の次にリーダーらしい考えを持ってるよな』

『知ってるはずの事理解できない兄ちゃんには手助けが必要だろうからね』

『はははは、全くだな』


 本能の話をしているな?

 知ってるわけないじゃんねぇ?

 俺元人間だったんだから。


 でもまぁ、同じ考えを持っているのがベンツでよかった。

 本当に頼りになる奴だし、一番に仲間の事を想ってくれている。

 私情に振り回されないこの考え方は貴重だ。

 これからも俺をサポートして欲しい。


『さて、話を戻そう。子供たちには、どう説明する?』

『そうだね……。とりあえず今は会わないようにって言えば問題ないと思う。向こうまで行けもしないだろうからね。あと、魔素のない大地の危険性を教えてあげればいいんじゃないかな?』

『なるほどな。確かにあの土地の事を上げれば少年に触れずに済むか』

『でもいつかは人間の危険性を教えないといけないよ』

『セレナがあの状況だ。あの少年は違うなんて言い出すだろうな』

『……これ、考えても仕方がない気がしてきたよ……』

『奇遇だな。俺もだ』


 とは言え言わないわけにはいかないだろう。

 俺とベンツはセレナたちが成長するまでに、良いタイミングを見つけて過去の事を説明することにした。

 精神面がまだ育ち切っていないと思うので、もう少し成長してから伝えることにする。

 二ヶ月の子供たちに話しても、伝わらないだろうからな。


『兄ちゃんは明日も行くの?』

『ああ。情報はあるだけいいからな。後で人間の里の事について分かったことを伝えるよ』

『じゃあ皆集めてくるね』

『おう』


 軽い小走りをしながら、ベンツは皆を呼びに行ってくれたのだった。

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