6.17.様子見


 魔素のない大地を駆け、終わりの方まで行くと緑が増えてくる。

 俺であればこの大地を通っても殆ど魔力を消費しない。

 あの植物に近づきさえしなければ問題ないようだ。


 でもやっぱり少しは吸われてしまうらしい。

 俺としては微々たるものなんだけど、他の仲間たちからしたら痛手かもしれないな。


 さてと……前にあの少年と出会った場所の付近まで来たわけだが……。

 んー、居ますねぇ。

 バスケットの様な籠を持っている様だが、あの中には何が入っているのだろうか?

 ちょっと気になって匂いを嗅いでみた所……。


『食い物かぁー』


 中にはサンドウィッチが入っている様で、野菜の香りが強いように感じた。

 あと卵も入っているらしい。


 んー、人間食か。

 懐かしい感じはするけれど、俺たちじゃ作れない代物だからなぁ。

 仲間たちに振舞おうとしても無理な話だ。


 ていうか調味料がないんですよ。

 塩とか胡椒とか……香辛料があればそれなりに味の良い物を作れるとは思うんだけどね。

 あ、駄目だ腹減って来た。

 ちょっと考えるのを止めよう。


 だがあの少年、一体何をしに来たんだ?

 何か探している様だけど……。

 もしかして俺たちの事を探しに来たのか?

 いやー、流石においそれと出るわけにはいかねぇよ。

 今日だって姿見せずに帰る予定だし。


 とりあえず俺の存在には気が付いていないらしい。

 見晴らしのいい場所に座っているので、ゴブリンが出てきてもすぐに対処することができるだろう。


 うーん、動きも別にないみたいだし、帰ろうかな。

 これ以上ここにいたって得られることは無さそうだし、帰るとしますか。


 伏せていた体勢から起き上がり、少年に背を向けて帰路につく。

 だがその時、丁度いいタイミングで少年がある言葉を口にした。


「エンリル……フェンリル……。うーん……」


 そんな言葉が、俺の耳に入り込んできた。

 俺たちの事を知っている様だ。


 だが以前はそんな感じはしなかったんだけどな。

 調べて来たのか?

 つーことは俺たちの事を知れる資料があの里にはあるのか……。

 普通に気になるところだな。


 んー……この少年から人間の情報を得る事は出来ないだろうか?

 危険な行為かもしれないが、情報があるのとないのでは全然違うからな。

 しかし言葉は分かっても俺の言葉を理解してくれないからなぁ。

 意思疎通にまた苦戦しそうだ。


 少年が持ってくる物、言葉の中から読み取れる情報から相手の事を知っていくのがよさそうだな。

 だけどそうなると姿を現さなければならなくなるのか。

 まぁいいか。

 この少年なら、問題ないだろう。


 そう思い、ゆっくりとした足取りで姿を現すことにする。

 周囲にはこの少年しかいない様だし、大丈夫なはずだ。


「あっ」


 俺の事に気が付いた少年は、声を上げて立ち上がる。

 手を振っている様だ。


 そんなお気楽な気持ちじゃ、俺はここに出れないんだよな。

 人間が俺たちに何をしたのか、それを忘れた日は一度としてない。

 だから人間なんて種族とはもう関わり合いたくもなかった。


 だが……こうして二年ぶりに人間の姿を見て、その性格を見て、少しだけ考えが変わった。

 ほんの少しだけだが、それが俺が人を殺さない理由になっているのは間違いない。

 同じ人間でも、考えは違う。

 俺が元人間であったから分かる事だ。

 誰もが同じような非道な奴らではないだろう。


 しかしそれが分かって尚、まだ嫌悪する。

 だから俺はこの少年から人間の情報を聞き出すことに専念することにした。

 警戒だけは、絶対に緩めない。


「こんにちはっ!」


 さて、どう聞いたもんかね。

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