6.10.判断


 殺すか、生かすか。

 この決断をしなければならないのだが、どっちに転んでも悪い予感しかしない。

 会話もできないこの状況で、約束事などできるわけもないし、どうしたもんかと悩んでいるのが現状だ。


 こんな小さい生物、腕を振り上げれば声も上げずに沈黙させれる。

 どうしてこんなに悩まなければならないんだと、自分でも嫌になるな……。


『ありがとー!』

『!?』

「おわっ!」


 俺が考え事をしていると、セレナが子供に飛び掛かった。

 止めたかったが流石はベンツの子供。

 足が既に速くて、止めようとした頃にはもう飛び掛かっている最中だった。


 今後の成長が楽しみではあるが、今のこの状況に俺は冷や汗をかいていた。

 セレナが、人間の子供に懐いてしまったのだ。

 こっちの方が緊急事態なのではないだろうか……。


「え、えへへ。大丈夫だった?」

「~~♪」


 一度は驚いた子供ではあったが、じゃれついてきているという事に気が付いてからはセレナの体を撫で始めた。

 それが心地いいのか、セレナは頭をすり付ける様にしている。


 参ったなぁ……こりゃ……。

 人間を知らない子供。

 俺たちの群れは、人間を知らない個体が多いのも事実。

 こうしてみれば普通に友好的な関係を結べそうではあるが、奴らは己の利益の為によく動く。


 例外があるのは知っている。

 この少年の様に心優しい者も勿論いるだろう。

 だがやはり全員がそうという訳ではないし、人間との接触は危険を伴う。


 今は別の意味で危険が伴っている気がするが……。

 はぁ……懐いてしまった子供を殺すのは、流石に引けるな……。


『……はぁ。とりあえず、殺さない方針で考えるとするか……』


 となると、俺たちの事を口外しない様にしなければならない。

 ふむ、冥がいれば呪い系の魔法で何とかしてくれただろうが、今は棲みかに放置している。

 強制的に喋れないようにするっていうのは出来なさそうだな。

 流石の俺も、そう言う魔法だけは修得することができなかった。


 そもそも対象がいないから練習することもできないしな。

 必要ならあいつにやって貰おうと思っていたのだ。

 ま、ない物ねだりをしても仕方がないので、他の策を考えることにする。


 んー……まぁ声が届かない時点で、俺のできる事とか限られてるんだけどね。

 通じるか分からないけど、地面に絵でも書いて説明を試みてみるとするか。

 因みに俺に絵のセンスはない。


 丸書いて……目を書いて……口書いてから……。

 どうしよう。

 丸と棒だけで顔ができたぞ。

 これで通じるんか?


『セレナ。そいつを連れてこい』

『あいっ!』


 セレナは少年の服を噛んでぐいぐいと引っ張ってくる。

 二ヶ月の子供なので力はないが、意図を汲んで付いてきてくれたようだ。

 俺の近くに来ることに戸惑いを覚えていたようだが、何もしてこないことに安心したのかほっと息を漏らす。


 そして、とりあえずこれを見ろと爪を出して先ほど書いた絵を突く。


「……顔?」


 とりあえず理解はしてくれている様だな。

 よしよし、じゃあ次だが……。

 バツ印をその上から書き込んでいく。


 これでどんな意味として汲み取ってくれるかが問題だが……。

 どうだろうか?


「えーっと……顔にバツ印……? ひ、人を連れてきては駄目って事ですか?」


 この絵にしては及第点かな。

 まぁそんな所なんだが……こいつに俺たちの存在を喋ってもらうわけにはいかないのだ。

 その事を説明しなければ……だが難しいな。

 どうしたもんか。


「あ、あの……もしかして、僕の言っている言葉分かるんですか?」

『リーダー、なんてー? なんて言ってるー?』


 ああ、そう言えばリーダー格以外は言葉が分からないんだったな。

 長らくこうしていると忘れてしまうもんだ。


 とりあえず少年の質問には頷きながら、セレナに言葉の意味を教えておく。

 覚えれはしないだろうけど、まぁ子供だから好奇心が強いのなんのって。

 教えない方が突っかかってくるからな。


 というかこの少年は俺たちエンリルの事は知らない様だな。

 まぁそれはそれで有難い事なのだが。

 それに、言葉遣いが綺麗だ。

 それなりに良い所の坊ちゃんなのか?

 だとしたら尚更俺たちの事を口外されるわけにはいかない。


 次は……そうだな。

 口を開けている丸を書いて……隣に言葉を聞いている様な丸を書いて、それに顔を付ける。

 そして二つの丸の間にバツ印をつければ、分かってくれないか?


「……伝えない……?」


 もう一押しか。

 じゃあ口を開けている顔の隣に、大中小の丸を書く。

 一番大きな丸の中に、セレナを配置すれば分かってくれるかな。


「あ、貴方たちの事を伝えてはいけない、という事ですか?」


 ビンゴだ。

 一度頷き、あっていると肯定しておく。

 幼いながらにその言葉遣い。

 それなりの教育を受けている様だし、気真面目そうな子だ。

 この少年であれば大丈夫だろう。


 まさか俺が人間を信じなければならないときが来るとはな。

 しかし、俺たちの安全を考慮するのであればこれが一番良い判断だと思う。


「分かりました。では今日見たことは誰にも伝えません。ベリル・ライドルの名に誓って」


 ……俺の体の大きさに物怖じはしなくなったか。

 それに名を誓って、か。

 騎士かどこかの家系の子供なのかもしれないな。


 というかこいつ、身長が低いだけで本当はもう少し上の年齢なのでは?

 十五歳くらいかな……。

 まぁそんな事はどうでもいいか。


『約束を違えた場合、お前の棲みかを全て壊し、人間を根絶やしにするからそのつもりでな』

「はいっ」


 言葉の意味は理解できていないだろうが、まぁ良い返事だ。


 さて、ベンツが心配しているだろう。

 すぐに帰って無事を知らせよう。


『セレナ、帰るぞ』

『あいー!』


 闇の糸でセレナを持ち上げ、頭の上に乗っけて固定する。

 最後に少年を見てから、帰路につく。

 セレナが頭の上に乗っかっている為、魔法は使わずに普通の速度で走る。

 魔法を使うと多少たりとも周囲にダメージを与えてしまうからな。


 普通に走るの久しぶりだ。

 とりあえず真っすぐ帰還し、早くベンツに無事を知らせてやろう。


『リーダー』

『なんだ?』

『あれ良い子! また会いたい!』

『……検討しておく』


 新しい問題を抱えて帰還するとは、思わなかったなぁ……。

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